GIGAスクール構想の実現によって、児童生徒向けの1人1台端末環境が急速に整いつつあります。特別支援教育の現場では、このような1人1台端末環境をどのように活用することができるのでしょうか。
小学校の特別支援学級で、ICT機器の活用に積極的に取り組んでこられた遠藤貴士(えんどう・たかし)先生に、特別支援学級でのパソコンやタブレットなどのICT機器の活用事例についてご紹介いただきました。



特別支援学級でのICT機器の活用事例

特別支援学級の教室では、こんな場面はありませんか。

  • 板書の書き写しや書字が苦手。
  • 交流学級の授業に行きたがらない。

諭したり認めたり、ときには叱ったりして、試行錯誤しながらの日々だと思います。


整備された1人1台の端末を使って、子どもたちが物事に前向きに取り組めるようにはならないでしょうか。


私は昨年度まで公立の小学校で特別支援学級の担任をしており、3年間子どもたちとともに学んでまいりました。私のこれまでの取り組みの中から、1人1台の端末をうまく活用できた事例をいくつか紹介します。なお、この記事の事例に登場する児童の学年は担当した当時の学年です。


書字が苦手な児童への支援事例 ①

事例の対象

6年生の男児(Aさん)

児童の特性

話したり読んだりするのは得意だが、注意がそれやすく書字も苦手

使用した端末

WindowsタブレットPC

使用したソフト

Microsoft Word

Aさんは、教室移動中など、気が付くと移動中であることを忘れ、掲示物に夢中になるなど、注意がそれやすい児童です。活字を読むことが大好きで、得られた知識を喜んで話してくれます。話す言葉も、なかなか達者です。しかし、鉛筆を持つと、文字の形は整いにくく、マスにも収まらず、気が付くと得意なイラスト描きに変わってしまいます。Aさんは6年生のため、卒業文集の課題がありました。原稿用紙を拡大コピーして、書いたあとで縮小するにしても、文字の分量が多く、本人も相当書くことに苦痛を感じているようでしたし、下書きしてから清書するという手順を踏むような気力も時間もありませんでした。


そこで、WindowsのタブレットPCを使って、下書きを行うことにしました。Microsoft Wordの原稿用紙設定の機能を使って、キーボードで入力することにしたところ、マスを空け忘れた場合も、改めて書き直す必要なくスペースキー一つで修正できますし、文章を入れ替えたり、書き換えたりする場合もWordのファイル自体をバックアップしておくことで、躊躇なく試行錯誤できるようになりました。Aさんは右手人差し指のみのタイピングではありましたが、鉛筆で文字を書くよりも早く本人の頭の中が活字に置き換わるため、集中する時間が長くなりました

Aさんの下書き
Aさんの卒業文集

書字が苦手な児童への支援事例 ②

事例の対象

2年生の男児(Bさん)

児童の特性

漢字の知識が豊富だが、書字は苦手

使用した端末

iPad

使用した機能

基本機能の音声入力

Bさんも、事例①のAさんと同様に、書字が苦手です。本をよく読み、知識が豊富ですが、活動や本の感想を書く課題をかなり渋りました。2年生であり、Aさんのように、キーボードの入力も練習していません。そこで、iPadの基本機能である音声入力を使用して、感想をつくってみることにしました。すると、やはり、言葉に書き表せない想いがBさんの中にたくさんあったようで、なんと感想を書くための用紙3枚分も感想をつくってしまいました。もちろん、音声入力をするときに意図しない漢字の変換が行われたり、文字を書く機会が減少したりするなどの課題はありましたが、ICT機器を使用したことで、本人からたくさん感想が表出されるという、これまでにはない出来事が起きました。本人の顔からも満足そうな表情がうかがえました


板書の書き写しが苦手で、交流学級の授業に行きたがらない児童への支援事例

事例の対象

3年生の男児(Cさん)

児童の特性

板書の書き写しに時間がかかり、交流学級での学習の意欲が低下

使用した端末

iPad

使用した機能

基本機能のカメラ

Cさんは、交流学級での学習をよく渋ります。特に板書された学習問題の書き写しに気持ちが向きません。黒板の文字には読めない漢字がある上に、Cさんは1、2文字しか覚えておけません。その文字をノートに書いたとしても、遠くにある黒板のどこまで書いたのかを探し出して、また1、2文字覚えて続きを書くという作業を繰り返すことになり、それだけで疲れ果ててしまいます。なんとか書き終わったとしても、今度は顔を前に向けておくことが難しくなり、だんだん机に突っ伏してしまいます

授業の板書
Cさんの実際のノート

板書を書き写す作業自体は、Cさんにとって良い訓練にはなるのですが、授業の序盤のこの作業にめげてしまい、その後の授業参加の時間が減ってしまうのも問題だと考えました。そこで、状況に応じてiPadの基本機能のカメラを使って黒板の写真を撮り、それを見ながらノートに書き写すようにしました。このようにしたところ、書き写しに要する時間が短縮され、「今日の学習内容を知り、記録する」という目的は達成できるようになりました。この方法を実践することで、大好きな理科の実験や、電車が登場する社会の授業に参加できるようになり、Cさんが「楽しかったー!」と言って特別支援学級に戻ってくる日が増えました


前述の場面では黒板の写真を撮りましたが、必ずしも写真を撮らなくても、カメラ機能は役に立ちます。例えば、特別支援学級とは違い、交流学級の授業では教室の人数も増え、黒板や掲示物までの距離が遠く、見えにくい場合がありますが、そのような場合には、カメラのズーム機能が役に立ちます。アプリを起動して、画面越しに拡大して見ることで十分な大きさで認識することができるようになり、授業に前向きに参加する時間の増加につながります。




注意すべきこととこれからの展望

ここまで紹介してきた事例からもわかるように、1人1台端末は、その子どもに合った使い方が見つかれば、今までになかった大きな効果が得られます
これまで紹介した事例以外でも、特別支援教育の現場では、ICT機器の様々な機能やアプリが活用できます。例えば、以下のようなものが効果的でした。

  • 声の大きな児童に対して、声の大きさを視覚的に認識させるアプリ
  • 漢字の学習で有効な筆順辞典アプリ
  • 読むことが苦手で耳から情報を得る方が得意な児童に対して、音声読み上げ機能のある文字認識アプリ

また、教室の前面に大きくタイマーを投影することで、休み時間から授業開始の切り替えに効果がありました。


ただし、注意すべきこともあります。例えば、端末をいつでも自由に使えるようにしておくと、休み時間に自分のやりたい学習アプリを始めてしまい、次の授業になっても切り替えられなくなってしまう子どもがいました。そのようなときには、状況に応じて、担任が端末を預かることも必要でした。


今後は、高速大容量の通信ネットワークを活かしてできることも考えていけるのではないかと思います。例えば、交流学級の授業に参加する児童が多いのに、支援者の数が足りないという事態は日常的に発生します。このような場合に、現状は支援者があちらこちらの教室を移動して回って支援することが多いですが、今後は支援者の端末と児童の端末を通信でつなぎ、Google Meetなどのオンライン会議ツールを利用して、一部遠隔で支援することも可能になってくるのではないでしょうか。


ICT機器の活用が増えることによって、従来行っていた活動が減ってしまう側面もあります。


しかし、発達障害のある有名人がスマートフォンのリマインダーの機能を利用して約束の時間が守れるようになったという話があったり、紙媒体の整理が苦手な私が、電子媒体でコンピュータに格納することで体系的に情報整理できるようになったという事実があったりすることも確かです。


特別な支援を要する者こそ、積極的にICT機器を利用することで、将来自立的に生活できるようになると信じています

■著
遠藤 貴士(えんどう・たかし)
柏市立藤心小学校教諭