◆増田謙太郎先生プロフィール
東京学芸大学教職大学院准教授。
特別支援教育や授業のユニバーサルデザイン等が専門。
著書に「特別支援教育コーディネーターのための『合理的配慮』の技法」(明治図書2025年)、「特別支援教育の視点で考える学級担任の仕事術100」(明治図書2023年)、「学びのユニバーサルデザインUDLと個別最適な学び」(明治図書2022年)、「特別支援学級担任の仕事術100」(明治図書2021年)がある。

特別支援教育と合理的配慮は別物である
いきなりですが、今回、私が一番伝えたいことは「特別支援教育と合理的配慮は別物である」ということです。
学校では「特別支援教育」も「合理的配慮」も、何か困難がある子どもに対して行うものであると思っている方が多いのではないでしょうか。
もちろん、それは正しいですが・・・しかし、だからといって「特別支援教育と合理的配慮は同じもの」ではないのです。 むしろ「特別支援教育と合理的配慮は別物」と考えると、困難のある子どもに対してどのように支援をしていけばよいのか、あるいはどのように指導をしていけばよいのかがとても明確になっていきます。
特別支援教育は進んできたけれども
教師の仕事は、目の前の子どもの力をどのように高めていくか、できないことをできるようにしていくか、それを日々考えるのが主なミッションだと思います。
特に何か障害がある子どもの力を高めていく指導、何か障害がある子どもができないことをできるようにしていく指導、そのような「障害のある子どもに対して行われる指導」のことを「特別支援教育」といいます。平成19年(2007年)より、特別支援教育という用語が学校で使われるようになりました。それから18年ほどが経過し、学校で特別支援教育を行うことはもはや当たり前になってきました。間違いなく、学校で特別支援教育は進んできています。
しかし、このような子どもはいませんでしょうか?
- 文字が書けないAさん
-
書くことに困難があり、一生懸命文字を書く練習をしているけれども、いっこうに文字が書けるようにならない。
- 計算が苦手なBさん
-
計算が苦手で、一生懸命計算問題を解く練習をしているけれども、どうしてもできるようにならない。
先生方は一生懸命子どものために指導をしています。子どもも一生懸命取り組んでいます。
しかし、できるようにならない。それでも歯を食いしばって、文字を書いたり、計算をしたりする練習を続けていかなければならないのでしょうか?
特別支援教育をしたからといって、「できないことができるようになる」とは限らないという事実に目を向けなければなりません。
合理的配慮は子どもではなく、授業者側が何かを変更・調整すること
特別支援教育の視点だけで、障害のある子どもの教育を考えていくとこのようなことが起こりがちです。
そこで、「合理的配慮」の視点が必要となります。 合理的配慮とはいったい何なのでしょうか? もう一度、先ほどの子どもの事例で、この子どもたちが授業で困ってしまう場面を考えてみます。
| 児童 | 授業で困ること | 授業中の合理的配慮 |
|---|---|---|
| Aさん | 授業でみんなに配られたワークシートに文字が書けないので、考えたことを伝えることができない。 | クラスの他の子どもは配られたワークシートに取り組むが、Aさんは特別にタブレットパソコンを使用し、ワークシートのデータに音声入力してよいことにする。 |
| Bさん | 長方形の面積は「たて×よこ」で求めることは理解しているけれど、かけ算ができないので答えを求めることができない。 | 算数の時間では、Bさんは特別に電卓を使用して、面積の計算を行ってよいことにする。 |
合理的配慮の視点では、教師つまり授業者側が何かを変更・調整するという発想になります。授業の場面で言えば、クラスの他の子どもたちにはしないけれども、その子どもにだけ特別に対応してあげるものであると考えるとよいでしょう。
特別支援教育は、子どもの力を高めていく指導、子どもができないことをできるようにしていく指導のことでした。ですので、子どもに対して何らかの指導を行っていきます。Aさんであれば文字を書けるようにしていくこと、Bさんであれば計算ができるようにしていくことです。
言い換えると、特別支援教育は、子どもからしてみればある程度の負荷がかかります。何かの力を付けるためには、何らかの負荷がかかることは避けられません。それは障害がある/ないに関わらず、同じことでしょう。障害のない子どもだって、何かの力をつけるためにはある程度の努力を必要とするものです。
それに対して、合理的配慮は子どもに何か負荷をかける対応ではなく、教師や学校側が何らかの変更・調整を考えていくものです。
授業の場面で言うならば、合理的配慮は障害のある子どもが「授業」に参加しやすくなるようにするためのものです。Aさんであれば音声入力できれば自分の考えたことを授業で表現できるようになります。Bさんであれば電卓があれば面積の授業に参加しやすくなります。
「授業」を、「学習活動」「行事」「テスト・試験」などに言い換えていただくと、より学校でのいろいろな場面で適応できるようになります。
これまでの話をまとめると、このようになります。
-
〇特別支援教育
・子どもの特性に応じて力を高めるための指導
〇合理的配慮
・授業等に参加できるようにするために何かを変更・調整すること
・合理的配慮は、子どもの力を直接的に高めるものではない
何か困難がある子どもへの指導や支援を考えるときには、特別支援教育と合理的配慮が両輪だと考えるとよいでしょう。特別支援教育と合理的配慮は別物であるということ、むしろ分けて考えることによって、具体的な子どもへの指導や支援の方向性が見えてきやすくなります。
ちなみに、合理的配慮は直接的に子どもの力を高めるものではありませんが、もちろん間接的に子どもの力を高めることにつながることはあるでしょう。
学校における合理的配慮の実例
平成28年(2016年)に「障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律」(障害者差別解消法)が施行されました。合理的配慮は、障害者差別解消法で規定されているものです。つまり、障害のある人を差別してはいけないという文脈のものです。 学校では、学校教育法等によって子どもたちに生きる力や学力をつけていくことが規定されています。障害者差別解消法で規定されている合理的配慮の文脈と、学校教育法等で規定されている学校教育の在り方は、微妙にズレが生じることがあります。このズレを理解していくことが、「学校における合理的配慮」のポイントになります。
座席に関する合理的配慮
・黒板の文字が読みにくいために、前方の座席にする。
・不安が強いため、教室への出入りがしやすい廊下側の後方の座席にする。
・光の刺激に弱いため、まぶしい窓側は避け、光が当たりにくい座席にする。
・音に過敏なため、音楽室では周囲から離れた場所に座席をつくる。
特別な文房具や用具等の使用に関する合理的配慮
・書字に困難があるため、使用しやすい筆記具を使用してもよいことにする。
・聴覚過敏があり、少しの物音でも苦痛を感じる場合、ノイズキャンセルイヤホンの使用を認める。
教材に関する合理的配慮
・白い紙だと光が反射して読みにくいので、プリントは淡い色のついた紙に印刷したものを用意する。
テストに関する合理的配慮
・テスト問題の読み上げを行うために、別室受験を認める。
・身体面への配慮から試験時間の途中で休憩が必要な場合に、別室受験を認める。
・読むことや書くことに困難があるため、試験時間の延長を認める。
・読むことに困難がある場合に、試験問題の文字を拡大する。
・書くことに困難がある場合に、パソコン上で解答できるようにする。
・読むことや書くことに困難がある場合、実施可能な教科については、口述試験を行う。

特別支援教育は「個別の指導計画」、合理的配慮は「個別の教育支援計画」
特別支援教育と合理的配慮の違いが明確になると、「個別の指導計画」と「個別の教育支援計画」の違いも明確になります。
学校で子どもに対して行った特別支援教育については「個別の指導計画」に明記していきます。一方、合理的配慮については、その子どもの「個別の教育支援計画」に明記をしていきます。 例えば、先ほどの【文字が書けないAさん】であれば、次のような書き分けになります。
Aさんの個別の指導計画=「特別支援教育」の視点
・目標例:文字が書けるようになる。
・手立て例:なぞり書きからスモールステップで取り組む。
Aさんの個別の教育支援計画=「合理的配慮」の視点
・目標例:書くことを伴う活動において授業に参加できるようにする。
・手立て例:タブレットパソコンを使用して音声入力でワークシートを作成できるようにする。
それぞれの視点で書き分けられるようになると、特別支援教育と合理的配慮を子どもの指導・支援の両輪として計画的に進めていくことができるようになります。
この資料は、東書Eネットでもご覧いただけます。
「通常の学級で進める特別支援教育① ~特別支援教育と合理的配慮~」はこちら
「通常の学級で進める特別支援教育②~行動面の問題がある子どもへの対応~」はこちら
「通常の学級で進める特別支援教育③~教科の学習に困難がある子どもへの対応~」はこちら
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