◆増田謙太郎先生プロフィール
東京学芸大学教職大学院准教授。
特別支援教育や授業のユニバーサルデザイン等が専門。
著書に「特別支援教育コーディネーターのための『合理的配慮』の技法」(明治図書2025年)、「特別支援教育の視点で考える学級担任の仕事術100」(明治図書2023年)、「学びのユニバーサルデザインUDLと個別最適な学び」(明治図書2022年)、「特別支援学級担任の仕事術100」(明治図書2021年)がある。

特別支援教育は魔法ではない

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「あの子どもは友だちに暴力を振るうことが多く、周りの子どもも迷惑していますし、保護者からもクレームがたくさん来ています。今すぐ何とかしたいです! 何とかしてほしいです!!」
子どもが学校で何か行動上の問題やトラブルを起こしてしまうと、その対応に先生方が困ってしまうことが多いと思います。その子どもに発達障害などの何らかの障害があると、「特別支援教育」の視点で何か解決策はないか、というように考えることが多いと思います。筆者である私のところにも、このように叫びにも似た声が学校から寄せられることもあります。
しかし「こうすれば、パッとよくなりますよ」という方法を私は知りません。私は特別支援教育を専門にしている人間ですが、魔法使いではないのです。
そうです、特別支援教育は魔法ではないのです。
特別支援教育というものは、何か困っている子どもに対して、魔法のような劇的な効果を期待できるものではありません。しかし、特別支援教育の分野で積み上げられてきた知見を応用することで、解決の糸口につながることは期待できます。
今回は、「友だちに暴力を振るう」のように行動面の問題がある子どもに対して、どのような対応ができるか、特別支援教育の分野でよく使われるキーワードをご紹介していきます。
環境調整
そもそも「行動面の問題がある子ども」という表現ですが、これは「子どもに問題行動の原因がある」という考えが前提にあるのではないでしょうか。
「友だちに暴力を振るう」のも、その前提として「子どもに問題行動の原因がある」と考えているわけです。
「環境調整」というキーワードは、「子どもに問題行動の原因がある」のではなく、「環境に問題行動の原因がある」と考えます。「環境に問題行動の原因がある」のだから、「環境」を変えれば問題行動は解決するはずです。したがって、「環境」を変える方法は何かないかということを考えていきます。
もっとも簡単に行える環境調整は、教室の座席配置ではないでしょうか。「友だちに暴力を振るう」子どもの場合だと、例えば以下のような座席配置の環境調整が考えられます。
・教師のそばに座席を変更する。
・トラブルになりやすい子どもとは座席を離す。
・穏やかに過ごすことができる子どもと座席を近づける。 
「子どもを変えるのではなく、環境を変える」これが環境調整のポイントです。
先手支援
将棋では「先手」と「後手」という表現をします。
「先手」は最初に駒を動かしますので、攻めの姿勢を取りやすいです。「後手」は後から駒を動かしますので、「先手」に合わせて動きます。 この「先手・後手」の関係を、「友だちに暴力を振るう」ケースにあてはめてみましょう。子どもが友だちに暴力を振るうが「先手」となります。そして教師が注意するという対応が「後手」になります。
問題行動に対応とするということは、教師が「後手」の対応をせざるを得ないということです。
この「先手・後手」の関係を入れ替えることはできないでしょうか。もし「たたいたあとに注意する」(後手)ではなく、「たたかずにすむように前もって支援する」(先手)へ転換できれば、問題行動を未然に防止することができるようになります。
例えば一日の始めに「今日は友だちをたたかないと約束できる?」のように「教師と約束する」というのは「先手」の対応だということができます。あるいは友だちをたたきそうになった時に、「言葉で自分の気持ちを言えるかな?」のように「代替行動を提示する」というのも「先手」の対応だといえるでしょう。これが先手支援の方法です。
先手支援のポイントは「事前に予測する」ことです。日頃より子どもの様子を観察していると「今日は何かありそうだな」と予想されるときがあります。例えば「3時間目に友だちをたたく行動がよく見られる」というようであれば、3時間目が始まる直前のタイミングで「教師と約束する」というような先手支援を行うと、より効果的になるでしょう。 ちなみに先手支援については、生徒指導提要では「積極的な先手型の常態的・先行的(プロアクティブ)生徒指導」とされています。
即時評価
筆者は、新規採用で特別支援学級に配属されました。そのときに先輩からよく言われたことがあります。
「子どもが良いことをしたら0.5秒以内にほめなさい。子どもが間違ったことをしたら0.5秒以内に注意しなさい」
つまり、子どもが行動をしたときに、すぐほめたり、注意しなさいということです。これは即時評価の方法です。
子どもが良いことをしたときに「後でほめる」「次の日にほめる」というのは即時評価ではありません。子どもによっては「なぜほめられたのか」「何をほめられたのか」がわからない場合があります。
子どもが誤ったことをしたときに「後で注意する」「次の日に注意する」は即時評価ではありません。子どもによっては「なぜ注意されたのか」「何がいけなかったのか」がわからない場合があります。
「友だちに暴力を振るう」場合であれば、「友だちに暴力を振るう」行動が起きたときにすぐ注意するのは、即時評価の方法です。また「問題を起こさずに過ごせていたら、すぐほめる」という即時評価の方もあります。こちらの方が実は重要かもしれません。
反対類推
「走ってはいけない」の真意は「歩きなさい」です。
よく学校では「〇〇しません」という禁止の声かけをします。このような禁止の声かけは、「本来は何をすべきなのか」ということを読み取ることが要求されます。
これを反対類推といいます。
反対類推とは、ある言葉や概念を理解する際に、その「反対」から意味を推論する力のことです。反対類推の力が弱い子どもは「〇〇しないで」という禁止の声かけでは、教師の指導の真意が読み取れない可能性があります。そのため、正しい行動を行えないことがあります。
したがって、可能な限り「肯定形で伝える」ということが重要になります。「〇〇しない」ではなく、「△△する」と言い換えることです。
「友だちに暴力を振るう」子どもに対して、「たたかないで」「たたいてはダメ!」のような声かけをすることが多いでしょう。これも「〇〇しない」という禁止の声かけです。これを肯定形「△△する」にすると、「言葉で伝えよう」「その場を離れよう」「手をぎゅっと握ってみよう」のような声かけが考えられます。
例外探し
「行動面の問題がある子ども」といっても、四六時中、問題行動を起こしているわけではありません。
もちろん問題行動を起こしていない時間もあるわけです。 そのような「問題が起きていないとき」を「例外」としてとらえて、「例外」の場面を探していくのが、例外探しの方法です。 そして「例外」の時間を増やしていくようにします。「例外」の時間が長くなれば、問題行動を起こしている時間は短くなります。つまり、「問題行動を減らしていく」のではなく、「例外を増やしていく」にはどうしたらよいかを考えていくわけです。
「友だちに暴力を振るう」子どもの場合は、「暴力をふるっていない時間」を「例外」とします。「暴力を振るっていない時間」が長くなれば、「暴力を振るう時間」は短くなるはずです。
例えば、「今日は友だちをたたかなかったね、気を付けていたことはあったかな?」という声かけはどうでしょうか。これは「例外」に着目した声かけになります。「友だちをたたかなかった」ことを認め、それを増やしていこうとすることにつながっていきます。
つまり「例外探し」とは、子どもが「できないこと」「できなかったこと」ではなく、「できること」「できたこと」に着目する声かけであるともいうことができます。これは子どもの自己効力感を高めることにつながるでしょう。
この資料は、東書Eネットでもご覧いただけます。
「通常の学級で進める特別支援教育① ~特別支援教育と合理的配慮~」はこちら
「通常の学級で進める特別支援教育②~行動面の問題がある子どもへの対応~」はこちら
「通常の学級で進める特別支援教育③~教科の学習に困難がある子どもへの対応~」はこちら
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