◆増田謙太郎先生プロフィール
東京学芸大学教職大学院准教授。
特別支援教育や授業のユニバーサルデザイン等が専門。
著書に「特別支援教育コーディネーターのための『合理的配慮』の技法」(明治図書2025年)、「特別支援教育の視点で考える学級担任の仕事術100」(明治図書2023年)、「学びのユニバーサルデザインUDLと個別最適な学び」(明治図書2022年)、「特別支援学級担任の仕事術100」(明治図書2021年)がある。

特別支援教育、合理的配慮、ユニバーサルデザインの視点で授業づくり
例えば、「授業でワークシートに何かを記入する」という学習活動はどの教科でもよく行われます。
この学習活動の場面で「ひらがなや漢字がうまく書けない子ども」は、おそらく困難が生じることが予想されます。このようなことが予想される場合、まず授業づくりの段階から、このような場面での対応を想定しておくことが必要です。つまり事前に、「授業でワークシートに何かを記入する場面では、ひらがなや漢字がうまく書けない子どもはきっと困難が予想されるだろう」ということを想定内にしておくということです。
その際にはいろいろな対応方法が考えられます。ここでは、特別支援教育、合理的配慮、そしてユニバーサルデザイン、3つの視点でどのような対応ができるのかを考えてみます。
特別支援教育の視点
「特別支援教育」は、子どもの力を高めていく指導、子どもができないことをできるようにしていく指導のことです。
それを子どもの特性に応じて行っていきます。「授業でワークシートに何かを記入する」場面で「ひらがなや漢字がうまく書けない子ども」に対する特別支援教育としては、ワークシートに教師が薄い色のペンで書く内容を下書きしておき、子どもはそのペン字の上をなぞって書くという方法が考えられます。いわゆる「なぞり書き」の手法です。
「なぞり書き」は、少しずつ練習していけば、そのうちに文字が書けるようになるだろうという見通しのもとで行われるものです。つまり、文字が書けない子どもに対して、文字を書けるようにしていく指導です。
少しずつ練習していく方法は、「スモールステップ」の技法と呼ばれます。「スモールステップ」の技法は、特別支援教育でよく用いられるポピュラーな指導方法です。
合理的配慮の視点
「合理的配慮」は、子どもではなく、教師や学校側が何らかの変更・調整を考えていくものです。
「授業でワークシートに何かを記入する」場面で「ひらがなや漢字がうまく書けない子ども」に対する合理的配慮としては、この子どもにだけ特別にタブレットパソコンの音声入力を使用して、ワークシートのデータに音声入力してよいことにする方法が考えられます。そうすれば、ひらがなや漢字がうまく書けなくても、ワークシートを仕上げることができるようになることが期待できます。
「合理的配慮」は、障害のある子どもが「授業」に参加しやすくなるようにするためのものです。「ワークシートに何かを記入する」という学習活動がある授業は、「ひらがなや漢字がうまく書けない子ども」にとっては、授業に参加しにくくなるのです。だから、その参加しにくくなる学習活動を変更・調整していく考え方になります。
ユニバーサルデザインの視点
学校教育におけるユニバーサルデザインは、特定の子どもだけではなく、より多くの子どもをターゲットにするものです。
「授業でワークシートに何かを記入する」場面でいうと、特別支援教育や合理的配慮のように、「ひらがなや漢字がうまく書けない子ども」だけに何か特別な対応をする発想ではありません。クラス全体を視野に入れて「クラスの子どもたちがよりワークシートを用いて学びやすくなるためにはどうすればよいか」を考えていくものです。
先ほど「合理的配慮の視点」では、「タブレットパソコンの音声入力を使用して、ワークシートのデータに音声入力してよいことにする」方法を考えました。ユニバーサルデザインの視点では、この方法を特定の子どもだけではなく、クラス全員が利用できるようにするという考え方になります。
例えば「今からワークシートを記入しますが、手書きでも音声入力のどちらかを選んでください。やりやすい方を選んでいいですよ」とクラス全員に対して指示を出したらどうでしょうか。きっと子どもたちは、自分にとってやりやすい方法を選ぶでしょう。もちろん「ひらがなや漢字がうまく書けない子ども」も、どちらかを選べばいいわけです。
つまり、ユニバーサルデザインの視点では、全員一律に何かをさせるのではなく、選択肢や代替手段を設けるなどして柔軟な取り組み方を授業で設定していきます。このユニバーサルデザインの考え方は、「学びのユニバーサルデザイン(UDL)」と言われています。イメージとしては、特定の子どもに対して行われる合理的配慮を、クラス全体に拡張する感じです。
教師による個別の声かけ
特別支援教育、合理的配慮、ユニバーサルデザインの視点を用いた授業づくりについてみてきました。
これは「教科の学習に困難がある子ども」のいるクラスでは授業づくりとしてのベースになります。さらに個別的な対応として、授業の場面では教師の言語的な支援、つまり「声かけ」も重要です。
確認の声かけ
授業中の指示をすぐに忘れてしまったり、作業中に手順を見失ったりする子どもに対して効果的な声かけです。
算数・数学科で「計算でつまずいたり、文章題の意味が理解できない子ども」がいる場合には、例えば次のような「確認の声かけ」を用いるとよいでしょう。
・この問題で求めるものは何かな?
・次に何と何をたし算したらよいかな?
・答えはどこに書けばいいかな?
具体化する声かけ
語彙力の弱い子どもは、抽象的な言葉の理解が難しいことがあります。そのような子どもに対しては、「具体化する声かけ」があるとよいでしょう。 例えば、理科で「蒸発」という言葉が出てきたときに、ピンと来ていない子どもがいたとするなら「たとえば、お湯をやかんに入れてずっと沸かしていると、もと もとあった量より少なくなるよね?それが"蒸発"ってことだよ」というように、 身近な例などを使って「具体化する」ことが考えられます。 「具体化する」方法は声かけだけではなく、絵やイラスト、図などを視覚的に示す ことでも行うことができます。
多様な考え方に触れる声かけ
子どもによっては、友だちの意見を受け入れることができなかったり、自分の考えばかりを主張してしまったりすることがあります。 そのような子どもには、日頃から「多様な考え方に触れる声かけ」を実践していくとよいでしょう。例えば、「〇〇さんは、こう言っているけどあなたはどうする ?」「いろいろな考え方があるけどあなたはどう思う?」というような声かけです。 これは、自分の考え方にこだわってしまう子どもの視野を広げ、認知の柔軟性を促す声かけであるということもできます。
ポジティブ化のための声かけ
「どうせできないから」と取り組む前からあきらめてしまったり、自信がもてなかったりすることがあります。よく子どもたちに「意欲がない」と言われますが、そ れはこのようなあきらめや不安に基づくものかもしれません。 そのような子どもに対しては、「ポジティブ化のための声かけ」をするとよいでしょう。例えば「最終的にはうまくいく!」「大丈夫!何とかなる」というような声かけが考えられます。
「声かけ」の非言語的な技法
これらの「声かけ」には、非言語的な側面を工夫していくことも必要です。 「どのようなタイミングで声をかけるか」「どのくらいの量を声かけするか」「ど のくらいのトーンで声かけするか」「速く言うか、ゆっくり言うか(スピード )」「明るいテンションで声かけするか、落ち着いたテンションで声かけするか」 など、同じことを言うのでも、非言語的な側面によって子どもへの伝わり方が変わ ってくるでしょう。
この資料は、東書Eネットでもご覧いただけます。
「通常の学級で進める特別支援教育① ~特別支援教育と合理的配慮~」はこちら
「通常の学級で進める特別支援教育②~行動面の問題がある子どもへの対応~」はこちら
「通常の学級で進める特別支援教育③~教科の学習に困難がある子どもへの対応~」はこちら
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