本来、支援が必要であるにもかかわらず、その「しんどさ」に気づかれにくいために、見過ごされがちな子どもたち。気づかれないまま成長することで、学校生活はもちろん、社会に出てからも生きるしんどさが増してしまいます。そんな彼らに対して、子どものうちから適切な支援の手を差し伸べられるのは学校だけと、立命館大学・宮口幸治(みやぐち・こうじ)先生は語ります。なぜ彼らを救えるのは学校しかないのか。具体的に何をしたら良いのか。前編に続き、宮口幸治先生に伺います。
気づいて支援につなげられるのは学校だけ
「しんどさ」を抱える子どもたちに、学校が果たすことができる役割とは何があるのでしょうか。
学校は、子どもたちが一日の大半を過ごす場所です。しかも、家庭と違って、集団生活の中でほかの子どもとの違いにも気づきやすいといえます。また、境界知能やグレーゾーンの子どもが直面しやすい、学習面での困りごとも客観的に比較できる環境です。
そう考えると、しんどさを感じている子どもたちにいち早く気づき、その子たちに手を差し伸べてあげられるのは、学校しかないのです。
また、学校に通っている間に適切な支援ができないと、その子どもたちは社会に出たときに、「なぜかできない奴」というレッテルを貼られてしまい、経済面や就労面といった領域で、より大きな問題を抱えてしまうことにもつながります。
学校が子どもの感じているしんどさに気づき、支援することは、その子の人生にとって極めて重要なことなのです。
困っている子どもに気づいたときには、どのように支援すれば良いのでしょうか。
教師に限らず私たち大人は、これまで「努力して頑張って様々なことを達成してきた」という成功体験があるため、誰でも「頑張ればできる」と思いがちです。そのため、困っている子どもがいたら、「頑張れ」「やればできる」という言葉を無自覚にかけてしまいがちです。しかし、前編でもお話ししたように、境界知能の子どもをはじめとする「しんどさ」を抱える子どもたちの問題は、必ずしも「頑張れば解決できる」というものではありません。
むしろ、「頑張れ」という言葉は、こうした子どもたちにとっては、負担となってしまうかもしれません。
なるほど。それでは、「そのままで良い」「頑張らなくていい」というような言葉がけはどうでしょうか。
「そのままで良い」「頑張らなくていい」という言葉を使うときには注意が必要です。そのような言葉がけが一概に間違いであるとはいいませんが、立ち止まって考えていただきたいのは、本当にその子は「そのままで良い」と思っているのかということです。
境界知能の子どもや発達障害の子どもに限らず、困っている子どもたちの多くは「みんなと同じようになりたい」「自分だけができないのがつらい」と思っているはずです。
そうした思いを持った子どもに、「そのままで良い」「頑張らなくていい」という言葉をかけてしまうと、適切な支援をすれば伸びていく子どもたちの可能性を、挑戦する前から潰してしまうことにもなりかねないのです。
今の時代、多様性の尊重が重視されていますが、大人が考える多様性の概念を子どもにそのまま当てはめるのは少し違うと思っています。子どもたちは、多様性を尊重する以前に、まずは「みんなと同じであること」を強く求めているからです。個性としての多様性の尊重は「みんなと同じ」がクリアになった上での、次のステップなのです。
学習の土台を育むことが子どものやる気に
学校では「勉強ができるようになりたい」という思いをもつ子どもが多いと思います。学習の面で子どもたちを支援するための効果的な方法はありますか?
学習面の支援を考える上で、「見る力」「聞く力」「想像する力」といった、認知機能の大切さは、前編でお話しした通りです。
国語を例に挙げてみましょう。認知機能の弱さがあると、情報を一時的に記憶する「ワーキングメモリ」がうまく働かず、文章を読んで理解しようとしても途切れ途切れでしか内容が頭に入ってきません。また、長文を読んでいても途中でわからない漢字が出てくると、そこで集中力が途切れてしまい、文章の全体像を見失ってしまうことが多くあります。
このように、認知機能の弱さを抱えたままでは、教科の知識を積み上げることは困難です。学年が上がれば上がるほど、読み解く文章は多く複雑になり、抽象度も上がっていくため、子どもたちのつまずきはますます増えてしまいます。
認知機能は、学習の「土台」なのですね。
そうですね。先ほど説明したように、学習面のつまずきは、その土台である認知機能に原因があることが少なくありません。ですから、認知機能をトレーニングすることは、子どもたちの学習面でのつまずきを解消するのに効果的といえます。
われわれの開発した「コグトレ」という教材は、専門的な知識や技術がなくても実施することができる認知機能のトレーニングです。1日5分、パズルやゲームのような感覚で、子どもたちが楽しみながら取り組むことで、認知機能の向上が期待できるトレーニングとなっています。
また、この「コグトレ」は、認知機能を構成する5つの要素に対応しているので、「コグトレ」の結果から、その子どもがどのような認知機能に課題があるのかを客観的に判断することもできます。
「自立」というゴールに向けて伴走する
しんどさを感じている子どもたちを学校が支えていくためには、教師や支援者はどのような意識を持つべきでしょうか。
子どもの成長のゴールは「自立」です。そのために教師や保護者、周囲の大人は「伴走者」に徹してほしいですね。子どもに対して「これは違う」「こうしたら良い」と指示を出すのは、伴走者ではありません。まずは子どもが自分でやってみて、試行錯誤を繰り返す。どこかでつまずいたときは、いつもそばにいて「大丈夫だよ」と声をかけ、安心させるのが、伴走者です。
子どもの先回りをして手助けすることは、子どもの自立を奪うだけでなく、発達・成長の妨げにもなってしまいます。
自分でやってみたい──。それは人間の本能です。伴走者として、子どもの意欲を尊重し、伸ばしてあげることが、困難を感じている子どもたちにとっての未来への希望につながるのではないでしょうか。
(取材・文 工藤千秋)
宮口幸治先生インタビュー 前編はこちら
宮口幸治先生プロフィール
立命館大学産業社会学部・大学院人間科学研究科教授。京都大学工学部を卒業し建設コンサルタント会社に勤務後、神戸大学医学部を卒業。児童精神科医として精神科病院や医療少年院に勤務し、2016年より現職。医学博士、臨床心理士。一般社団法人日本COG-TR学会代表理事。著書に『ケーキの切れない非行少年たち』(新潮社、2019年)、『どうしても頑張れない人たち-ケーキの切れない非行少年たち2-』(新潮社、2021年)などがある。