識字障害(読み書き障害/ディスレクシア)のある髙梨智樹(たかなし・ともき)さんに、「障害を感じなくなった」という現在についてや、ご自身でされている工夫、これからの学校現場に期待すること、子どもの可能性を伸ばす秘訣について前編に続き伺いました。

子どもたちの可能性を伸ばしていくために教師ができること

現在の髙梨さんの活動について教えてください。

高校卒業前にドローン操縦・空撮会社「スカイジョブ」を立ち上げ、現在は様々な撮影をしたり、レースに出たりといった活動をしています。今も変わっていないのですが、子どもの頃からの夢がドクターヘリのパイロットで、昔から飛行機やヘリコプターのラジコンを飛ばすのが好きでした。そのうち、飛んでいる機体を外から見るのは何か違うと思うようになり、機体にカメラを載せたいと考えました。当時マルチコプターとよばれていたドローンを、自分で調べて海外から買って組み立てて飛ばしたのが始まりです。そして、高校2年生のとき、国内でドローンレースが開催されると聞いて、面白そうだからやってみようと参加したところ、初めてのレースで4位になったのです。

今まで僕は体が弱くて運動会でもいい結果は出せませんでした。勉強も人よりできなかったので、人と対等に競えるものがありませんでした。このドローンレースで初めて人と対等に競うことができたことが面白かったのです。これは、と思って2回目3回目とレースに出場し、優勝して世界大会にも出ることができました。そのことで、自分に対して自信を持つことができるようになりました。その後、高校卒業後の進路を考えたとき、進学より就職より、自分で会社を作って働く方がいいのかなと思うようになり、父親と共に起業して現在に至ります。

髙梨さんの著書『文字の読めないパイロット』(イーストプレス、2020年)の中の 「できないことはやらなくていい、できることを伸ばせばいい。」という言葉が印象的でした。生き方・働き方が多様化する社会を見据えて、子どもたちの可能性を伸ばしていくために教師ができることはどんなことでしょう。

僕は12歳のときにドローンと出会って、今はそれが仕事になっていますが、ずっとやってきて、「それいいよね。」と言ってくれた先生は一人もいませんでした。初めての大会のときも、先生に話すと、そんな大会に行っている場合じゃないでしょ、と言われました。それを聞いて大会に行かなかったら、今の自分はありません。学校でのことも大事だけど、それ以外のことで本人がやりたいことがあったときには、「それいいよね。」って言ってあげてほしいと思います。

障害を感じなくなった今「楽を選んでいい」

現在は読み書きで困難さを感じることはありますか。

高校生の頃はまだまだ紙を使う機会も多かったのですが、社会人になってからは自営業をやっていることもあり、パソコンやスマートフォン、タブレットを使うようになって、紙を使うことがほとんどなくなりました。そうすると、全然障害を感じなくなりました。困難さはゼロではないけれど、自分で好きなことができるようになったので、工夫次第で自分がつらくないように楽な方法をどんどん見つけられるようになりました

今ご自分で工夫していることで、おすすめはありますか?

僕はiPhone、iPad、パソコンはMacBookとWindowsを使っているのですが、アップル社の製品は、文字を大きく表示したり、入力が点字でできたりといったアクセシビリティという障害者向けの機能があるのです。文字の読み上げ機能もとても充実していて、速度や音質など、自分に合ったものを探せるので便利です。また、紙に書いてある文字を読むツールとしては、グーグル翻訳のアプリがおすすめです。紙に書かれた文章を、画像で読み込んで翻訳してくれるのですが、読み上げ機能もあるのです。僕は翻訳としてではなく、日本語の音声読み上げ機能として活用しています。このように、全然違う用途のものでも自分に合うように使い方を考えることもよくやっています

そういう情報を、当事者だけでなく、教師や支援者が知っていると支援の在り方が変わってきますよね 。

そうですね。僕もどうしても読めないものは周りの人に読んでもらうのですが、本当は読んでください、書いてくださいって言いたくないのです。なるべく自分で解決したいので、自分でできるようにツールを活用したり、工夫を考えたりしています。新型コロナウイルスの影響でGIGAスクール構想が前倒しで実施され、児童生徒1人1台に端末が配布される環境がやっと整いつつあります。僕が思っているのは、そこに読み上げソフトなど一通りのアプリが入れられていて、みんなが自分の好きなものを使っていい状態にしてほしいなということです。みんなに選択肢があれば、誰か一人が使っていてずるいとなることもないだろうし、使う側のメンタル面も楽になるのではないかと思います。

書くのが正義で、タイピングは楽をしている=悪い、ずるいと感じる人もいます。でも楽なことってダメなわけじゃないのです。先生が「楽をしてもいいのだ」という視点を持って接することで、その子が社会に出たときにだいぶ楽になると思います。僕は嫌なことから全部逃げてきたのだけれど、嫌なことは追いかけてはきません。できないことより、できることを伸ばす方がいい。できることをやりなさいと言ってくれる先生は少ないような気がします。みんながみんなそうなるのは難しいかもしれないけれど、ちょっとでもそういう風になったらいいなと思います。

(取材・文 雨野千晴)

髙梨智樹さんインタビュー 前編はこちら

髙梨智樹さんプロフィール

1998年神奈川県生まれ。小学校の頃から読み書きに遅れが生じ、中学生で識字障害と診断を受ける。父親のすすめで小学生時代にラジコンヘリコプターを始める。中学生のときに見た無人飛行機ドローンで撮影された映像に衝撃を受け、ドローンの世界にのめり込む。2016年ドローンレース国内大会で優勝。その後ドバイ世界大会や韓国世界大会にも出場。18歳で父親とともにドローン操縦・空撮会社「スカイジョブ」を設立。空撮機からレース機、産業用の機体まで様々なドローンを使いこなす他、レースへの参加や講演活動、災害時の情報収集活動への協力など多岐に渡り活躍している。夢は、ドクターヘリのパイロット。著書に『文字の読めないパイロット』(イーストプレス、2020年)がある。