大阪府大阪市のシステム開発会社「有限会社奥進システム」では、在籍する12名のうち10名に身体や精神の障害があります。同社で働く浦田梨佐(うらた・りさ)さんは、発達障害の診断を受けており、子ども時代には、選択性かん黙で苦しんだそうです(浦田梨佐さんインタビュー)。
今回は浦田さんと同社の奥脇学(おくわき・まなぶ)社長のお二人に、さまざまな特性のある方といっしょに仕事するための取り組みや、共生社会の実現に向けて必要なことについてお話しいただきました。
「もったいない精神」から挑戦した仕事で力を発揮
浦田さんの今のお仕事内容と「奥進システム」で働くことになった経緯についてお聞かせください。
(浦田さん)
現在は、ホームページを作る仕事をしています。要件定義からデザイン、プログラミング言語を使って実際の画面を制作する「コーディング」までの一連の作業のほか、公開後の補修作業や保守作業も行っています。
就職活動のとき、言語化が苦手な特性の影響で面接が全くうまくいかず、体調を崩してしまったことがあります。そのときに母の勧めで病院に行ったところ、25歳のときに発達障害の診断を受けました。それから障害者向け就労支援施設に通い、約1年半後に就業体験として事務の実習をすることに決まったのが「奥進システム」でした。 1週間の実習で当初は事務作業をしていたのですが、途中で奥脇社長から「ホームページの制作を勉強してみない?」と提案をいただきました。せっかくIT企業で実習させてもらっているのだからという「もったいない精神」で挑戦したところ、コツコツとコードを打ちこんでホームページを作っていく作業が予想外に楽しかったんです。そこから面談を経て入社することになりました。
奥脇さんがホームページ制作の提案をしたのは、なぜですか?
(奥脇さん)
実習の様子を見ていたところ、浦田さんは、何にでも意欲的に取り組み、「チャンスがあるならチャレンジしよう」という気持ちで取り組んでいることがわかりました。事務の実習は単調ですし、せっかくならいろんなことを体験してもらおうと考えて声をかけたんです。実習は失敗をしてもいい場ですし、当社ではむしろ「たくさん失敗することを心がけて」とお伝えしています。
入社して8年経った今ではとても頼れる社員になり、先日もあるWebサイトを1から10まで全部一人で仕上げてくれました。口頭でのコミュニケーションが苦手と聞いていろいろサポートをしていますが、仕事の場ではメールでやり取りする機会も多いです。浦田さんは以前からメール対応はしっかりできていましたし、人の気持ちを汲み取るのが苦手という点についても、これからのビジネス経験で克服していけるだろうと思っています。
みんなが働きやすい環境は、うまくいかないことと改善を繰り返してつくる
「奥進システム」には浦田さん以外にどのような方が働いていらっしゃいますか?
(奥脇さん)
12名のスタッフのうち、10名が何らかの障害があり、重複障害の方もいるので、障害者雇用率でいうと、100%を超えています。
例えば、頸椎損傷によって車いすで生活している男性が2名在籍しており、そのうち1名は役員を務めています。内部障害で18年ほど人工透析をしていた女性もいますが、彼女は一昨年腎移植手術を行い、現在は免疫剤を飲みながら仕事をしていますね。
それから、自閉症スペクトラムの男性もいます。大学院で高度なシステムの研究をしていたものの、当社への入社前は最低賃金で市役所のデータ入力作業をしていたそうです。
また、「非定型精神病」という精神障害の診断を受け、当社に入社する前には家庭で暴れて警察沙汰になったり強制入院をさせられたりと、大変な時期を過ごしたスタッフもいます。
精神障害の場合、「いきなり暴れだしたらどうしよう」といった誤解を受けることも多いのですが、就職を目指している人は、症状が安定したタイミングで医師からも「働いても大丈夫」と判断された方がほとんどです。
特性に合わせた配慮と環境を整えることで、みな力を発揮してくれます。
さまざまな症状、特性のあるスタッフがスムーズに仕事をするため、どのような環境を整え、サポートをされているのでしょうか?
(奥脇さん)
例えば事務所のトイレの入り口は、車いすを利用する社員も無理なく使えるよう段差を無くし、引き戸は手作りしました。また、体調を崩した社員が休めるベッドや、頸椎損傷のある社員がベッドを使うとき用のリフトも常備しています。
精神障害のある社員とは、当社で開発した、心身の状態を数値で入力できる日報システム「SPIS(エスピス)」でコメントを交換し、状況を共有しています。さらに定期的に体調や作業の仕方を話し合う「振り返り」の時間を設けています。
また、障害種に関わらず「苦手なことはしない」を前提に、障害の影響によってできない・やりたくないことは申告してもらって、できる人が担当するように仕事を割り振っています。
設備、ルール、制度とあらゆるサポートで働きやすい状態を整えているのですね。
(浦田さん)
各自の特性に合わせた細かなサポートがあり、私の場合、文章作成に時間がかかっていたところ、「ChatGPT」(生成AI)というツールを導入していただきました。例えば、「ChatGPT」に作成したいメールの概要を入力すると、適切な文面に整えてくれるので、助かっています。
そうした工夫を重ねながら、障害のある方々と共に働く意義については、どうお考えでしょうか。
(浦田さん)
もし私が障害者雇用枠で他の企業に入っていたとしたら、周りに助けてもらうばかりだったでしょう。けれど、この会社ではスタッフが互いに助け合う状況が普通です。私の苦手なことは誰かがフォローしてくれるし、私も他のスタッフの「苦手」をフォローするのが当たり前になっています。また、ここでは誰かの苦手をサポートする取り組みが会社全体の「仕組み」としてつくられているため、スタッフ全員がそのメリットを受けられます。周りの人への配慮が自分にとっての配慮にもなるところはありがたいですね。
(奥脇さん)
会社を運営する上では「仕組みづくり」が非常に大切だと考えています。通常、会社で仕事をするとなれば、多少のしんどいことは我慢をしながら働いている人がほとんどです。
しかし、当社の社員の場合は、特性上苦手な出来事や無理を強いられる状態になると、その反動が大きく現れます。例えば、先日2人の上長からそれぞれ指示を受けた社員が、その優先順位の判断ができず、丸1日休んでしまうということがありました。このようなことがあると会社の仕組みの強化を考える必要があることが分かります。このように働くために工夫が必要な人と一緒にいると、設備や制度、仕組みの改善ポイントがとても見つけやすくなります。それはある意味、経営者としてはありがたいことです。
当社の仕組みや環境づくりもすべてそうした「失敗」がきっかけ。うまくいかないことがあれば、改善を重ねて一つずつ配慮していけるようになりました。
「障害名」で人を見ず、「その人」自身に向き合ってほしい
フォローをし合うことが「当たり前」の共生社会実現に向けてお二人が大事だと思うことを教えてください。
(浦田さん)
障害の有無に関わらず、誰もが苦手なことをちゃんと言えること。そして、「できる」人だけがそれを一方的にサポートするのではなく、互いが自然に助け合える環境になったら、多くの人がさらに働きやすくなると思います。
(奥脇さん)
障害者雇用の世界では、「精神障害」「発達障害」といった診断名によって、ある種のレッテルが貼られてしまうように感じています。けれども、「障害名」で人を見たらこうしたことは絶対にうまくいかない。きちんと「その人」自身を見て、苦手なことや得意分野を知る必要があります。個々人それぞれを見たうえで全体最適化をいかに図っていくかが、ダイバーシティ&インクルージョンの社会を形成する第一歩だと考えています。
最後に、特別支援教育や障害のある子どもに携わる教師へのメッセージをお願いします。
(浦田さん)
子ども時代に関わった人の記憶というのは強く残り、今でも思い出すことがあります。そんな大事な時期の子どもたちにとって、いい思い出に残る先生を目指していただけたら、嬉しいです。自分のことをよく見てくれている先生のことは子どももやっぱり信頼し、好きになります。日々大変なことが多いと思いますが、一人ひとりの子どもをしっかりと見てあげてほしいです。
(奥脇さん)
私も子どもを持つ親なので、いろいろな先生と付き合いがありますが、その中で先生方のお話を聞くと、本当に大変なお仕事をされている。心からエールを送ると同時に、改めて「子どもの能力は教師の観察力と対応力でいくらでも伸ばすことができる」ことをお伝えしたいです。
私の仕事は組織の最適化を図ることですが、先生方も、子どもたちそれぞれの最適化をどう実現していくのか考えることが仕事だと思います。同じ障害でも特性は一人ずつ全く異なる。彼らの得意不得意をきちんと把握したうえで、必要な知識が頭に入る方法は「口頭」なのか「文字」なのか、子ども一人ひとりに合った認知の仕方を一つずつ試して、学習効果を高めていくことが大切だと思います。
(取材・文:渡部 彩香(Playce))
(撮影:合田 慎二)
※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月05日)時点のものです。
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