東京・原宿駅から徒歩10分程度のところに位置する花屋 兼 カフェ「ローランズ原宿」。知的障害がある八十島孝生(やそしま・こうき)さんは、ここでフローリスト(花を扱うスタッフ)として働いています。中学生の頃、周囲の環境になじめず不登校になり、それがきっかけのひとつとなって知的障害があることがわかりました。その後、特別支援学校に転校し、よい先生に出会い、よい環境に恵まれたことで、少しずつ自信をつけていったそうです。そんな八十島さんに、小中学校での悩みや、力になった支援、現在のお仕事などについてお話をお聞きしました。


いじめがきっかけで不登校に。特別支援学校に転校したことが転機になった

八十島さんの小中学校時代について教えてください。

小さい頃は、話し出すのが遅めだったこともあって、少し言葉が出にくい部分はあったようですが、気になるほどでもなかったそうです。小学生の頃は、ちょっとマイペースな、普通の子どもだったように思います。とても仲のよい、信頼できる友だちがいて、放課後はいつもその子と遊んでいたことを覚えています。よく公園でボール遊びをしたり、携帯ゲーム機を持ち寄って一緒にゲームをプレイしたりしていました。僕のことをとてもよくわかってくれる友だちで、とにかく彼と遊ぶのが楽しかったです。
ところが、小学校を卒業してその友人と、はなればなれになってしまいました。入学した中学校では、周囲になじむことができず、次第にクラスメイトに避けられるようになって、「いじめられている」と感じるようになりました。中学1年生の夏頃には学校に行けなくなり、この頃から言葉が出にくくなっていて、自分は普通とは違うのかもしれないと思うようになりました。母親も心配して、先生や児童相談所の職員さんなどに相談してくれました。最終的には病院で「知的障害」という診断を受け、中学2年生になるタイミングで特別支援学校に転校しました

特別支援学校に転校することになって、どんな気持ちでしたか?

特別支援学校に転校する前は、「大丈夫かな」「また避けられないかな」と、ものすごく不安でしたね。しかし、転校した当日、先生やクラスメイトが、とても明るく迎え入れてくれたのです。「はじめまして!」「名前は?」と、みんながあたたかく声を掛けてくれました。障害や過去のことを気にせずたくさん声をかけてくれたのが、とても嬉しかったです。今でもこの日のことはとてもよく覚えていて、忘れられません。



再び不登校ぎみに...。先生のアドバイスで乗り越えた

特別支援学校に転校して変わったことはありますか?

転校して大きく変わったなと感じたのが勉強のレベルです。それまで通っていた小中学校では、その学年で習わなければならないことが決まっており、小5なら小5、小6なら小6の授業を受けなければなりませんでしたが、特別支援学校の場合は個人に合わせた授業が受けられます。僕もこれまでより少し易しいところから勉強するようになりました。
そして、生活に関わることをよりていねいに行うようになりました。例えば、朝の着替えです。制服で登校し、そのあと体操着に着替えて過ごすのですが、着替えることだけでなく、服を畳んで、しまうところまで、しっかりやるようになりました。また、着替えの目標時間も設定されているので、時間内にきちんとやるということが身についたと思います。



なにか印象に残っている出来事はありますか?

特別支援学校のみんなにあたたかく受け入れてもらったおかげでなんとか学校に通えるようになったのですが、しばらくして、また遅刻や休みが増えてしまったことがありました。具体的なきっかけがあったわけではないのですが、一時期自宅に引きこもっていたためか、家から出るのがどうも難しいと感じるようになってしまいました。そこで先生に相談してみたところ、「学校に来られた日はなにかひとつご褒美をもらえる」という取り組みをしてみるのはどうかと提案されました。早速はじめてみると、この取り組みは自分にとって効果絶大で、休まず登校できるようになりました。「登校できたら100円」といったような単純なものだったのですが、目標ができたことで身体が動くようになり、それから高等部を卒業するまで、不登校にならずに通いきることができました。学校に行けないことにとても悩んでいたので、先生のこのアドバイスは本当にありがたかったです。自分が変わるきっかけになりました。



就労移行支援を経て花屋店スタッフに。働く喜びを実感する日々

高等部3年まで特別支援学校に通い、卒業後は就労移行支援を受けて就職したとお聞きしています。就労移行支援の内容や就職活動について聞かせてください。

高等部を卒業してから3年間、就労移行支援を受けました。社会に出て働くうえで必要な、基本的なマナーや知識について学んだり、観葉植物のメンテナンスの仕方について教えてもらったりしながら過ごしました。しかし、新型コロナ流行の影響もあり人材募集が少なく、なかなか就職先が決まりませんでした。そんなときに支援員さんに紹介してもらったのが、現在の勤務先である「ローランズ」でした
ここで働きたいと感じたのは、面接のときです。面接の場所は、今働いているお店でした。お店に入った瞬間、観葉植物やドライフラワーがパッと目に入り、素敵だなと思いました。面接のときの雰囲気もすごくあたたかく、その後に受けた実習のときも、とてもていねいに仕事を教えてくださいました。僕自身も集中して作業ができたので、「ここに入りたい!」と強く思いました。
採用の電話をもらったときは、嬉しい気持ちでいっぱいになりました。



現在の仕事内容について教えてください。

現在は「ローランズ原宿」で、花屋さんのスタッフとして働いています。おもな仕事内容は、花を配送するときに使う段ボール箱の組み立て、観葉植物や胡蝶蘭のラッピングです。最初の頃は、上司や先輩の指示を一度で理解できずにオロオロしたり、うまく質問できず戸惑ったりすることも多かったのですが、社内の福祉相談員さんにアドバイスをもらい、こまかくメモを取るようになってからはスムーズに仕事ができるようになりました。また、ひとつひとつの作業に具体的な目標時間を設定することで、スピード感をもって作業を進めることができるようになりました。入社当初は2時間近くかかっていた作業が、今では30分程度でできるようになりました
ここまで成長できたのは、周りの人たちのおかげです。じっくりと仕事を教えてくれる上司や、困ったときにいつでも話ができる福祉相談員さんがいたから、ここまでくることができました。大変なこともたくさんありますが、働くことの喜びを感じながら仕事ができています


(取材・文:秋山 由香(Playce))
(撮影:厚地 健太郎)
※このページに書いてある内容は取材日(2023年12月13日)時点のものです。