昭和医科大学病院には、院内学級「さいかち学級」(品川区立清水台小学校病弱・身体虚弱特別支援学級)が設置されています。この学級でこれまで、延べ3,000人近くの子どもたちと関わってこられたのが、昭和医科大学・副島賢和(そえじま・まさかず)先生です。副島先生は院内学級を、「子どもを子どもに戻す場所」だと語ります。そんな副島先生に、院内学級で教えるようになった経緯や、院内学級の役割、入院中の子どもたちとの関わり方について、前後編にわたって伺いました。

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院内学級で教えることになったきっかけ

院内学級で教えることになったきっかけは何ですか?

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私自身の入院がきっかけでした。元々公立小学校で勤務していましたが、教員6年目に入院し、そこから5年間で3度の入院を経験しました。体育が専門教科で、普段は子どもたちと一緒に駆け回る毎日を送っていた私は、入院中、「走れなくなり、子どもと遊べなくなったら教師を辞めようか」と悩んでいました。


ある日の休み時間、体調が悪くなり朝礼台で休んでいると、活発に運動に参加していなかった子どもたちが「先生、どうしたの?」「大丈夫?」と心配して集まってきてくれました。彼らは普段、砂場遊びをしたり、虫をじっと観察したりするようなタイプの子どもたちです。これまでは活発な子どもたちに目を向けてしまうことが多かったですが、その優しさに触れ、「ここにもちゃんと子どもがいる」と改めて気づかされ、「まだ自分にできることがあるかもしれない」と感じました。そして調べるうちに、院内学級という道を見つけたのです。

院内学級で働くということ

初めて院内学級に配属されたときはどうでしたか?

院内学級に配属された最初の年は、想像とのギャップに戸惑いました。配属前は、テレビなどで見るような、長期入院の子や入退院を繰り返す子、体力的にしんどい子が多いだろうと考えていたのです。子どもたちは、数ヶ月単位で入院しているものと思い込んでいました。


ところが実際には、子どもたちがさいかち学級に通う期間は平均するとたった5日ほどです。およそ2週間の入院期間のうち、最初の数日は治療のために院内学級に来られず、来られる頃には土日をはさんで、次の週にはもう退院...というケースが多くありました。


もちろん、1年以上入院していた子や、何度も入退院を繰り返していた子もいましたが、大半はほんの数日で退院していきます。私が院内学級に勤めることが決まったときに「子どもたちとしたいこと」を書いたノートもありましたが、5日間ではとても実現できず、何をすれば良いのかと途方に暮れました

それでは、院内学級で教えるスキルはどのように身に付けてこられたのですか?

何をすれば良いのか分からずにいた私は、他の院内学級の先生に相談しました。すると、病弱教育の専門家である武田鉄郎先生をご紹介いただき、さらにそのご縁で、青森県十和田市で院内学級を担当されていた木村玲子先生と知り合うことができました。


木村先生はすでに現場を離れていらっしゃいましたが、ご自身の院内学級での取り組みを丁寧にまとめたノートを送ってくださいました。このノートには、どのような子どもがいて、どのような関わり方をしたのかに加えて、1年間の事務作業や行事の計画まで、2年分の記録が詳細に書かれており、今でも私のバイブルになっています。

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また、さいかち学級で一緒に働いていた先生からも多くを学びました。その先生は、私よりも先に配属されていたのですが、一人ひとりに合わせて教材を用意し、子どものペースに寄り添った授業をしていて、本当にすごいと思ったのです。


小学校で勤務していたとき、私は、得意な子と不得意な子の2パターンで分ける程度のことしかできていませんでした。そのため、子ども一人ひとりに合わせて教材を作るという姿勢に、はっとさせられました

他に大変だと感じたことはありましたか?

病院という環境で働くことも、想像以上に大変でした。病院で働くスタッフの中には、「このような病状の子どもたちに勉強が必要ですか」「もっと体調が良くなってから勉強すれば良い」と言う方もいました。当時は、病気の子どもの教育が今ほど注目されていなかったのです。


もちろん、院内学級の意義を理解してくださるスタッフも多くいらっしゃいましたが、全員ではありません。病院内で信頼関係を築くには、時間が必要でした


まずは院内の保育士さんと仲良くなり、最初は入ることが難しかった病室にも入りやすくなりました。その後、看護師さんとも会話が増え、やがて師長さんやドクターとも話せるように。 ナースセンターに気軽に出入りできるようになったのは、3年目くらいのことでした。 看護師さんの研修で、子どもの発達についてお話しする機会をいただくこともありました。

入院は子どもたちの感情を奪う

入院することは、子どもたちにどのような影響を与えるのでしょうか?

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入院中の子どもたちはまず、「感情」を失いやすいと私は思っています。学校や家族と離れることももちろん大きな変化ですが、最も注意しているのは、気持ちの動きが閉ざされてしまうことです。


痛みやつらさなどの「ネガティブな感情」にふたをすると、楽しい、うれしいといった「ポジティブな感情」にもふたがされてしまう。感情はきれいに分けられるものではないため、一つを押し込むことでその他すべての感情が押し込められてしまうのです。


そこで、さいかち学級では「あなたの中に、楽しいという感覚がちゃんとあるよ」と伝えるようにしています。


ただ、楽しいという感覚に目を向けた分だけ、またつらい気持ちが戻ってくることがあり、それを受け入れられずに戸惑う子もいます。そんな子が、少しずつ自分の気持ちを安心して受け止められるようになるまで、焦らずエネルギーをためられる環境を整えること。それが、私たちの大切な役割であり、「子どもを子どもに戻すこと」だと考えています



»後編では、院内学級で行われる授業の具体や、副島先生が子どもと関わるときに大切にしていることについて伺いました。

(取材・文:伊藤ナナ(PAX株式会社)・福井俊保(PAX株式会社))
(撮影:小川麻央)

副島賢和先生インタビュー 後編はこちら

副島賢和先生プロフィール

昭和医科大学 保健医療学部 教授。東京都公立小学校教員を25年間勤務したのち、在職のまま東京学芸大学大学院にて心理学を学ぶ。昭和医科大学病院の院内学級「さいかち学級」の担任を経て、現在は大学教授として「さいかち学級」のアドバイザーを務める。
著書に『あかはなそえじ先生のひとりじゃないよ―ぼくが院内学級の教師として学んだこと』(Gakken 2015)『あのね、ほんとうはね 言葉の向こうの子どもの気持ち』(へるす出版 2021)などがある。
ホスピタルクラウンとしても活動中。

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