院内学級では、学年も入院期間も子どもによってさまざまです。そんな状況の中で、一人ひとりに合った授業を実践してこられた、昭和医科大学・副島賢和(そえじま・まさかず)先生。副島先生が子どもと関わるときに大切にしているのは、「セーフティ(安全・安心)」「チャレンジ(挑戦)」「ホープ(希望)」という3つのキーワードだそうです。前編に続き後編では、この3つの言葉に込めた思いや、実際の子どもたちとの関わり方について、お話を伺いました。


子どもの「今」に寄り添う授業
院内学級では、どのように一人ひとりの子どもに合わせた授業が行われているのでしょうか?

さいかち学級では、教科書に沿って授業を進めるのではなく、その日の子どもの体調や気持ちに合わせて、授業内容を柔軟に決めていくのが基本です。
まず朝の会で挨拶を交わし、子どもの表情や様子を見ながら、どこに座ってもらうか、何から始めるかを考えます。看護師さんから、体調だけでなく「昨日お母さんに叱られた」「食欲がない」など細やかな情報も事前に共有してもらい、そうした子どもの状態をふまえて対応しています。
午前中は国語や算数などの個別学習が中心です。それまで通っていた学校から取り寄せた教材を使い、同じ学年でも子どもによって学習する内容はさまざまです。ほかの子と一緒に学習ができそうなときは、自然にグループ学習に切り替えることもあります。
午後は音楽や図工など、みんなで楽しめる活動が中心です。例えば図工では、同じ材料でも工夫の仕方に個性が表れ、その子らしさがにじみ出ます。




一日を通して、時間割は固定しておらず、「今日は算数からやりたい」などといった子どもの声に合わせて、その日の流れを組み立てています。ささいなことでも、子どもには、「あなたが選んでいい」と伝えるようにしており、自分の感情に目を向けられるようにしています。
「セーフティ・チャレンジ・ホープ」 子どもに寄り添う3つのキーワード
子どもたちの思いや要望に向き合ううえで、どのようなことを意識していますか?

私が大切にしているキーワードは、「セーフティ(安全・安心)」「チャレンジ(挑戦)」「ホープ(希望)」の3つです。
まず土台となるのが「セーフティ(安全・安心)」です。病気で「迷惑をかけている」と思い込み、自分を責めてしまう子どもは少なくありません。誰も責めていないのに「ごめんなさい」と言ってしまう子どもたちに、私たちは「あなたは大事な存在だよ」「病気になっても、失敗しても、あなたはダメじゃないよ」と伝え続けます。
「迷惑をかけてはいけない」と、人の顔色ばかりうかがっていた子どもが、「どちらを選んでもいいよ」という言葉に背中を押され、「これがやりたい」と安心して意思を伝えられるようになる。そんな一歩が「チャレンジ(挑戦)」へとつながっていくのです。
失敗しても大丈夫。何度やってもかまわないという体験を積み重ねるうちに「またチャレンジしてみよう」と思えるようになります。失敗を否定せず、見守ってくれる大人の存在が、子どもに前を向く力を与えてくれます。
そうして自然に芽生えるのが「ホープ(希望)」です。未来を思い描く気持ちが、子どもたちの明日を照らす小さな光になると信じています。
少しずつ変化していくんですね。
そうですね。ただし、「セーフティ(安全・安心)」「チャレンジ(挑戦)」「ホープ(希望)」は、順を追って一直線に進んでいくものではありません。子どもたちは行ったり来たりを繰り返しながら、自分の歩幅で進んでいきます。
チャレンジする気持ちが芽生えても、体調を崩せば、もう一度セーフティの段階に戻ることもあります。一方で、不安定だった子どもが、ふとしたきっかけで「チャレンジしてみようかな」と前を向くこともあるのです。
だからこそ、「今どんな気持ちでここにいるのか」「心の奥にある声は何か」と、目の前の子どもを注意深く見つめていくことが何より大切です。
一人ひとりのリズムに合わせて、焦らず、比べず、静かに寄り添う。日々の関わりを丁寧に積み重ねることが、子ども自身の力を育てていくのだと感じています。
学校でできる支援
子どもたちの支援について、学校の先生方にできることはありますか?
医療技術の進歩により、近年、病気の子どもたちの入院期間はますます短くなり、学校に通いながら、治療を受ける子どもたちが増えています。
まずは、目の前にいる子どもをしっかり見ることが大切です。また、養護教諭や学年の先生など、学校内でさまざまな立場の先生と協力し、一人で抱え込まないようにしましょう。保護者とも少しずつ信頼関係を築いていけると安心ですね。
担当する子どもが院内学級に通うことになった場合、院内学級の先生と連携し、子どものことを一緒に考えていく仲間として、気軽に連絡を取り合える関係を築けると良いと思います。情報を共有することで、学校でもよりきめ細やかな対応がしやすくなるはずです。子どもを支えるチームとして、子どもにとって最善の形を追求していきましょう。
子どもの成長を支えるために、病院と学校がつながることは本来あるべき姿だと思います。積極的に情報交換ができると良いでしょう。
つながりがあれば、退院後も「顔色が悪い」「授業中にしんどそう」といった様子を病院と共有し、相談できます。主治医に確認することも可能ですし、退院後の不安を一緒に支えられます。
誰でも、実際に顔を合わせたり、声を聞いたりした相手なら、連絡しやすいですよね。日頃からの連携が、子どもにとっての「安心」につながっていくのだと思います。
連携が大切なのですね。病気の子どもの「安心」のために、他にできることはありますか?

「あなたのことを大切に思っているよ」というメッセージを、さまざまな形で届けてください。それが子どもたちにとって治療のエネルギーとなります。
入院する子どもも、やがて学校に戻っていきます。院内学級に通う場合には、一度転校という扱いにはなりますが、先生方には学校を「帰ってくる場所」として整えておいていただきたいです。手紙やメール、作品の展示など、できることは色々あります。それが、安心して学校に戻る力にもなります。
病気の子どもを受け持つときは、戸惑いや苦労があるかもしれません。しかし、子どもは、大人の姿をよく見ています。「あなたのことを大切に思っているよ」という強い気持ちは、きっと子どもに伝わるはずです。
(取材・文:伊藤ナナ(PAX株式会社)・福井俊保(PAX株式会社))
(撮影:小川麻央)
副島賢和先生インタビュー 前編はこちら
副島賢和先生プロフィール
昭和医科大学 保健医療学部 教授。東京都公立小学校教員を25年間勤務したのち、在職のまま東京学芸大学大学院にて心理学を学ぶ。昭和医科大学病院の院内学級「さいかち学級」の担任を経て、現在は大学教授として「さいかち学級」のアドバイザーを務める。
著書に『あかはなそえじ先生のひとりじゃないよ―ぼくが院内学級の教師として学んだこと』(Gakken 2015)、『あのね、ほんとうはね 言葉の向こうの子どもの気持ち』(へるす出版 2021)などがある。
ホスピタルクラウンとしても活動中。