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多様な子どもたちが通う「通級指導教室」。
短時間の個別指導を中心とするこの場では、限られた時間の中で、子ども一人ひとりが安心して力を発揮できる環境を整えることが求められます。現場の先生たちは、日々の実践の中で試行錯誤を重ねながら、その子にとって何が必要かを問い続けています。
本記事では、福岡県飯塚市立飯塚小学校で通級指導教室を担当されている杉本陽子(すぎもと・ようこ)先生の実践をご紹介します。子どもを中心に据えた環境づくりへの工夫と、その背景にある考え方についてお話を伺いました。※このページに書いてある内容は、取材日(2025年6月18日)時点のものです。
飯塚小学校の通級指導教室には、毎年40名ほどの児童が通っており、その約9割は他校からの通級です。
校内の別棟にある教室には、日々さまざまな背景をもつ子どもたちが訪れています。
そんな多くの子どもたちを迎える中で、杉本先生が大切にしていることの一つが「今、この子にとって必要な学びの環境」を整えることです。
ここでいう「環境」とは、単なる空間づくりではありません。教材や教具の選び方、子どもの気持ちに寄り添う関わり、アセスメントを支援へとつなぐ視点など、その子が力を発揮するための土台づくりを指しています。
今回は、その中から3つの工夫をご紹介します。
ポイント①:安心して集中できる環境づくり ~情報を整理する教室づくり~
飯塚小学校の通級指導教室では、子どもが落ち着いて学習に向かえるよう、視覚的な情報を整える工夫が随所に見られました。
目に入る情報を整理することで、目の前の活動に集中しやすい環境がつくられています。
例えば、案内していただいた教室の棚はすべて扉付きです。「見せない」「必要なときに教員と一緒に取り出せるようにする」という考えから、視覚的なノイズを減らしています。カーテンなどでは衣類や手に引っかかった際に中の物が見えてしまうことがあるため、しっかりとした扉のある棚を使用しているそうです。
簡単には開けられない「ひと手間かかる仕組み」にすることで、不用意な刺激が入りにくい環境を整えています。これは子どもの行動を抑えるためではなく、目の前の活動に安心して集中できるようにするための工夫です。
また、黒いプラスチックシートを組み合わせて作られた自作のボードもありました。これは、同じ空間で複数の児童に指導を行う際に仕切りとして活用されるほか、その日の活動に必要のない教材が視界に入りすぎないようにするためにも使われています。
目の前の課題に集中しやすいよう情報を整理しながら、必要なときにはすぐに取り出せる。そんな柔軟で実用的な環境が整えられていました。
ポイント②:助けてと言える力を育てる ~ヘルプのソファがつくる安心~
通級指導教室のある棟の廊下の一番奥には、「ヘルプのソファ」と呼ばれている場所があります。
通級指導教室には、在籍校やクラスでの出来事を胸に抱えたまま通って来る子どももいます。友達との関係や先生とのやり取りの中で傷ついたり、思いをうまく言葉にできなかったりすることもあります。そんなとき、このソファは「困っている」というサインを出すための場所です。
杉本先生は、子どもたちにこう伝えているそうです。
「うまく話せなくてもいいよ。困っているときは、ここに座って教えてね。先生は、その『困ってます』を大事にするよ。」

通級に通う子どもの中には、状況によって自分の思いを言葉にすることが難しくなる子どももいます。単に「困ったことがあったら言ってね」と声を掛けるだけでは、うまく伝えられないこともあります。だからこそ、まずは何らかの形で意思表示をする経験が大切になります。
座るという行動そのものが、「困っている」という意思表示になります。ヘルプのソファは、言葉にならない思いも受け止める場所です。それは、クールダウンのためだけの場所でも、ただ話を聞いてもらう場でもありません。子どもが「自分の気持ちを伝えても大丈夫だ」と感じられるようになるための第一歩を支える場所です。たとえその日に予定していたプログラムが終わらなくても、子どもの「困ってます」は大切にされます。ここでは、活動よりもまず、その子の気持ちが優先されます。
また、このソファは教員にも覚悟が求められる場所だといいます。子どものサインをどう受け止めるかによって、「助けて」と言える環境になるかどうかは大きく左右されます。子どもが安心できる環境とは、気持ちがきちんと受け止められる経験の積み重ねによって育まれていくのかもしれません。
ポイント③:その子が力を発揮するための視点 ~アセスメントを支援へつなぐ環境~

杉本先生の支援は、アセスメントをもとに「その子が力を発揮するために、どのような視点が必要か」という考えから組み立てられています。
その視点をすぐに実践へとつなげられるよう、学級の入り口から廊下にかけて、さまざまな教具が配置されたサーキットが設けられています。
今回は、このサーキットの中でも特徴的な2つのワークをご紹介します。
1つ目のワークは、段取りを考えることが状況によって難しくなる子どもや、バランス感覚の安定に課題が見られる子どもへの支援です。 ここでは、イラストのように、お芋(バランスボードの中央にある細長いボールのようなもの)が落ちないように意識しながら、バランスボードに乗って降りる活動を行います。この活動は、体の軸を安定させる経験を積むと同時に、「どうすればお芋が落ちないか」を考える機会にもなります。動きと考えを結びつけながら、段取りを意識する経験を重ねていくことができます。
通級指導教室では、見通しをもたずに取り組んでしまい、うまくいかない経験を重ねてしまうこともあります。だからこそ、この活動では「まず何を意識すればよいのか」に気づくきっかけをつくります。身体を通して段取りを体験することで、考える力の土台を整えていくのです。
2つ目のワークは、目には見えにくい「力加減(力の入れ方や抜き方)」に気づき、調整していくための、ミュージックパッドを活用した活動です。力加減は他者と比べにくく、自分でも実感しにくいものだからこそ、音という形で"見える"ようにする工夫がなされています。
ミュージックパッドの途中に設けられたハードルは、動きの中で自分の身体の位置や幅をどのように捉えているかを見立てる手がかりにもなります。
通級指導教室では、自分の身体の大きさや動きの幅に気づきにくいことがあります。そのため、意図せず友達にぶつかってしまうなどの経験を重ねてしまうこともあります。このような活動を通して、踏んだときの音の違いや身体の動きを実感しながら、自分の身体感覚を少しずつつかんでいくことができます。
通級指導教室では、「できないから練習する」のではなく、「なぜ難しいのか」を丁寧に見つめ、土台から整えていくことを大切にしています。
その子に合った支援を、ていねいに

最後に、杉本先生に通級指導教室で心掛けていることを伺いました。
「通級指導教室では、その子に合ったその子のための支援を大切にしています。さまざまな教材や教具を使いますが、それらがないとできない子にしたいわけではありません。最初はしっかり支えます。でも目指しているのは、支援がなくても、その子が安心して学び続けられる姿です。少しずつ支援を "引き算" していきながら、その子自身の力が育っていくことを願っています。」
通級指導教室は、できないことを直す場所ではなく、その子が本来もっている力を発揮できるように整える場所です。安心を土台に、「困ってます」と言える経験を重ね、身体や感覚の土台を整えながら、少しずつ自分の力で歩いていく。
子どもたちがそれぞれの歩みの中で、自分を信じられる感覚を育み、次の一歩を踏み出していけるように。そんな杉本先生の温かなまなざしが、教室のすみずみに息づいていました。
通級指導教室は、困ったときに立ち戻れる「安心の拠点」です。けれども、それはずっと留まり続ける場所ではありません。安心を土台に力を蓄え、やがて自分の足で歩いていくための通過点でもあります。
その子が「大丈夫」と思える経験を重ねながら、支援は少しずつ引き算されていきます。その積み重ねが、やがてそれぞれの歩みへとつながっていきます。
▶「困りごと」から考える通級指導教室の教材・教具 〜杉本陽子先生の工夫紹介〜では、実際の教室で使用されている教材・教具を紹介しています。ぜひ、こちらの記事もご覧ください。
杉本陽子先生 プロフィール
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飯塚市立飯塚小学校教諭。小学校の学級担任、特別支援学級担当を経て、2007年度(平成19年度)よりLD・ADHD通級指導教室担当。特別支援教育士。公認心理師。著書に 「改訂版 特別支援教育 はじめのいっぽ!国語のじかん: 「できた!」「わかった!」を支える教材アイデア100」(Gakken、2025)、 「改訂版 特別支援教育 はじめのいっぽ!算数のじかん: 「できた!」「わかった!」を支える教材アイデア100」(Gakken、2024)、 「特別支援教育 はじめのいっぽ!算数のじかん: 通常学級でみんなといっしょに学べる」(Gakken、2010)などがある。 |
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