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通級指導教室では、子ども一人ひとりの「困りごと」に応じて、日々さまざまな支援の工夫が重ねられています。
本記事では、福岡県飯塚市立飯塚小学校で通級指導教室を担当されている杉本陽子(すぎもと・ようこ)先生に、現場で実際に行っている教材や教具、環境設定の工夫について伺いました。杉本先生は、「子どもの姿に学ばせてもらいながら、試行錯誤を重ねてきました」と話します。本記事では、子どもの「困りごと」という視点から、その実践の一部を紹介します。※通級指導教室の環境づくり実践例 「安心を土台に、力を育てる、杉本陽子先生の教室」では、杉本先生が大事にしている環境づくりのポイントを紹介しています。ぜひ併せてご覧ください。
1.形や構造を捉えることが難しいとき
文字の形や構造を正確に捉えることが難しい子どもに対しては、視覚だけに頼らず、触覚や運動感覚も活用した支援を行っています。
漢字の形が覚えられない「触って学ぶ漢字教材」
この教材は、断熱材を削って作られています。部首や「はらい」「とめ」「はね」などの漢字の基本を、視覚だけでなく触覚も使って学べるよう工夫されています。
指でなぞることで、文字の形を運動感覚として体に取り込みながら覚えられるのが特徴です。視覚情報だけで捉えることが難しい子どもでも、触れて確かめることで形の違いに気づきやすくなります。
「見て、なぞって、体全体で漢字を覚える。書いて覚えられない子どもにも有効なんです」と杉本先生。
いきなり書く練習を繰り返すのではなく、まずは感覚を通して文字の構造を捉えられるようにすることを大切にしています。
似た漢字をよく間違える「漢字の特徴を捉える教材(ノイズ漢字)」
自作教材である「ノイズ漢字」は、漢字の一部を黒く隠し、どんな漢字が隠れているのかを考える教材です。
例えば「犬」と「大」は形が似ており、間違えやすい漢字です。授業では、写真のように右上の「点」を隠し、どちらの漢字なのかを子どもに予想してもらいます。
この活動では、形を丸ごと覚えるのではなく、「どこが決定的な違いなのか」に目を向けることを大切にしています。クイズ感覚で楽しみながら、漢字の構造を意識し、特徴を捉える力を育てています。
2.手先や身体の操作が難しいとき
コンパスやリコーダーなど、細かな操作が求められる場面では、見た目以上に多くの力が必要になります。
杉本先生は、いきなり技能練習を重ねるのではなく、必要な力を段階的に育てることを大切にしています。
コンパスがうまく使えない「コマ回しからステップアップ」
コンパスを使うためには、指先の巧緻性や力加減の調整、回転運動のコントロールなど、いくつかの力が必要です。
いきなりコンパスの練習を繰り返すのではなく、まずは回転運動そのものを楽しみながら身につけるところから始めます。コンパスの使い方が苦手な子どもには、少しずつステップアップできる段階的な教材を用意します。
最初はコマ回しの練習から。コマが安定して回せるようになったら、持ち手にストローをつけて練習します。持ち手を伸ばすことで力が入りやすくなり、操作が安定します。それでも難しい場合は、針を刺せるボードを用いるなど、子どものつまずきに応じて環境を調整します。
「できないから練習する」のではなく、「なぜ難しいのか」を見立て、必要な力を土台から育てていくことを大切にしています。
ものさしや分度器がうまく使えない「その子に合った道具選び」
ものさしや分度器の操作が難しい子どもには、まず「どこでつまずいているのか」を見立てることから始めます。目盛りの読み取りが難しいのか、押さえる力が弱いのか、注目すべき場所が分かりにくいのか。困りごとの背景は一人ひとり異なります。
「押さえやすい定規や、目盛りが0から始まっているものさしなど、使いやすい道具は子どもによってさまざま。道具で補えることは積極的に道具で支援するようにしています」と杉本先生。
写真の分度器は、どこを測ればよいかがひと目で分かるよう工夫されたものです。こうした道具を通級指導教室で活用することで、操作のコツを段階的に身につけていきます。
最終的な目標は、みんなと同じ道具を使うことではありません。自分にとって使いやすい道具を選び取り、安心して学習に取り組めるようになることを大切にしています。
リコーダーの穴がうまくふさげない 「改造リコーダー」

リコーダーの穴がうまくふさげない場合、指は届いていても、わずかな位置のずれや力の入り方によって音が安定しないことがあります。
通級指導教室では、子どもの実態に応じて穴の縁をなだらかに整えたり、指の位置が分かりやすいように印をつけたりするなど、細かな調整を行います。その際には、音程への影響が最小限になるよう配慮しながら、押さえやすさを高めていきます。
「うまくできないのは本人の努力不足ではありません。道具で支援すれば、できるようになることもあります」と杉本先生。身体の特性に合わせて環境を整えることで、子どもが本来もっている力を発揮できるよう支えています。
3.行動や気持ちを整理することが難しいとき
物をよく落としてしまう 「天板が一回り大きな机」
物をよく落としてしまう子どものために、飯塚小学校の通級指導教室では通常より一回り大きな天板の机を一部用意しています。目的は、「物を落とさずに済むってラクだな」と子ども自身が実感できる環境をつくることです。
「物を落とさないことを快適に感じてもらうことで、『落とさずに済むって便利なんだ』と子ども自身が腑に落ちるようにしたいんです」と杉本先生。
まずは環境の力で「落ちない経験」を重ね、その心地よさを味わってもらいます。そのうえで、「どうしたら落とさずに済むかな?」と子どもと一緒に考えていきます。
筆箱を少し奥に置く、消しゴムは利き手と反対側に置くなど、小さな工夫を重ねながら、自分に合った方法を見つけていきます。こうした積み重ねが、やがて段取りを考えて行動する力へとつながっていきます。
自分の行動を振り返るのが苦手「ピクトグラムで可視化」
子ども同士のトラブルが起きたとき、通級指導教室では出来事を振り返り、次の行動につなげられるよう支援します。しかし、言葉だけで振り返ろうとすると、出来事の順序や自分の行動を具体的に思い出すことが難しい子どももいます。「どの場面で、どんな行動をしたのか」が曖昧なままでは、次の一歩を考えることも難しくなります。
そこで活用しているのがピクトグラムです。さまざまなポーズのカードを並べながら出来事を視覚的に整理していくことで、場面の流れが"見える形"になります。
出来事を可視化することで、子どもは自分の行動を客観的に捉えやすくなり、「ここを変えたらよかったのかもしれない」と具体的に考えられるようになります。言葉だけに頼らず、視覚情報を手がかりに振り返ることが、次の行動への見通しをもつことにつながっています。
個別にやりとりがしたい「手作りのコミュニケーションツール」
グループでクイズを行うなど、複数人に対して指導を行う場面では、一人が先に答えてしまうことで、他の子どもが発言しにくくなることがあります。答えが分かっていても、自信がもてずに声に出せない子どももいます。
そうした場面で活用しているのが、ホースの両端に「ろうと」をつけた手作りのコミュニケーションツールです。ろうとは100円ショップで2個100円程度で購入できるもので、特別な材料を使わずに手軽につくることができます。
これを使うと、集団の中にいながら一時的に一対一のやりとりを作ることができます。周囲に聞こえにくい環境が生まれることで、子どもは安心して自分の考えを伝えることができます。全体の流れや他の子の集中を妨げることなく、個別の支援が可能になります。身近な材料でも、工夫次第で子どもの参加を支える環境をつくることができます。
4.自信や意欲を育てたいとき
小さな「できた」を積み重ねる経験は、子どもの自信や次の挑戦への意欲につながります。
頑張ったことを見える形に 「通級銀行、町長のイス」

子ども自身が決めた小さな目標に取り組み、達成した経験を見える形にしているのが『通級銀行』です。最後までやりきる、苦手なことに一歩挑戦するなど、日々の積み重ねをポイントとして通帳に記録しています。通帳には、その子が好きなイラストを入れ、手に取るたびに前向きな気持ちになれるよう工夫しています。
ごほうびの内容は、子どもと保護者、そして通級指導教室の教員で一緒に話し合いながら決めています。
「お母さんにシャンプーをしてもらえる券」
「杉本先生とプレイルームで10分遊べる券」
「デザートにみかんを食べられる券」
など、内容は子どもによってさまざまです。貯まったポイントをいつ使うか、何と交換するかも、子ども自身が自由に決められるようにしています。
ポイントそのものが目的ではなく、「自分で決めた目標をやりきれた」という実感を大切にしています。また、自分で選び、決める経験を通して、自己決定の力も育てています。
さらに、旧庄内町(現・飯塚市庄内地区)の町長が実際に使用していたイスを譲り受け、「町長のイス」として活用しています。よい行動や挑戦が見られたときには、「今日は町長のイスに座れるよ」と声をかけます。キャスター付きのイスに座り、先生に後ろからそっと押してもらう体験は、子どもにとって特別な時間です。
「今日は町長のイスに座れた」と家庭で話題になることもあり、通級指導での成功体験が家庭へと広がっていきます。承認される経験と、自分で選び取る経験が、次の挑戦への意欲につながっています。
この記事では、杉本先生が実践されているさまざまな工夫のうち、ほんの一部をご紹介しました。
どの取り組みにも共通しているのは、「できないことを繰り返し練習させる」のではなく、「なぜ難しいのか」を丁寧に見立て、環境や道具を整えるという視点です。
子どもの困りごとに寄り添い、その子に合った方法をともに探っていく姿勢が、教材や教具の一つひとつに表れています。
小さな「できた」の積み重ねが、やがて子ども自身の力となっていきます。杉本先生の実践は、その過程を支える支援の在り方を示しています。
▶通級指導教室の環境づくり実践例 「安心を土台に、力を育てる、杉本陽子先生の教室」では、杉本先生が大事にしている環境づくりのポイントを紹介しています。ぜひ併せてご覧ください。
杉本陽子先生 プロフィール
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飯塚市立飯塚小学校教諭。小学校の学級担任、特別支援学級担当を経て、2007年度(平成19年度)よりLD・ADHD通級指導教室担当。特別支援教育士。公認心理師。著書に 「改訂版 特別支援教育 はじめのいっぽ!国語のじかん: 「できた!」「わかった!」を支える教材アイデア100」(Gakken、2025)、 「改訂版 特別支援教育 はじめのいっぽ!算数のじかん: 「できた!」「わかった!」を支える教材アイデア100」(Gakken、2024)、 「特別支援教育 はじめのいっぽ!算数のじかん: 通常学級でみんなといっしょに学べる」(Gakken、2010)などがある。 |
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