どんな子ども?(子どもの実態)

担任・担当の先生

Kさんについては、友だちや教師と会話でやりとりをする際に、「ちょっとコミュニケーションが独特だな」と感じることがあります。

例えば、「一方的に話してしまう」ところがあります。もちろん、話に熱中して、言いたいことをどんどん話すような子どもは他にもたくさんいます。しかし、Kさんの場合は、聞いている相手が「もういいよ」という表情をしていたり、会話を終えて違う行動に移っていったりしていても、相手の様子には我関せずで、おかまいなく話し続けてしまいます

また、「微妙なニュアンスが伝わりづらい」ということもあります。例えば、Kさんに「今日の朝、ご飯食べた?」と聞いたとき、「ご飯は食べていないけど、パンなら食べた」と答えたことがありました。この場合、「ご飯食べた?」というのは「食事をとったかどうか」を聞いているのであって、「白米のご飯を食べたかどうか」を聞いているのではないということは、中学生なら理解できる内容です。しかし、Kさんは、このような微妙なニュアンスが伝わらないことがよくあります。そのため、しばしば友だちや教師とトラブルになったりします。クラスメイトから「空気が読めない」という扱いを受けているようにも感じますし、本人もなぜうまくコミュニケーションがとれないのか理解できていないようなので、心配しています。



授業の場面では、国語や道徳などの読み物教材、その中でも特に物語文の読解が苦手です。説明的な文章なら内容をつかみ取ることはできるのですが、登場人物の心情について考えることは、なかなか難しい様子です。

子どもの思い

話したいことや伝えたいことをちゃんと話しているだけだし、聞かれていることにちゃんと答えているだけです。それなのに、なんで「空気が読めない」って、周りから言われるのか、まったく理解できません
なんだか学校に行くのが嫌になってきました...。

なぜ?(要因として考えられること)

会話はキャッチボールだとよくいわれます。しかし、表面上はよく話していたり、ちゃんと受け答えしていたりする子どもでも、「一方的に話してしまう」「微妙なニュアンスが伝わりづらい」ことにより、会話のキャッチボールが成り立たないことがあります。

なぜ、Kさんとのコミュニケーションでは、一方的に話してしまうことや微妙なニュアンスが伝わりづらいことが頻繁に起こってしまうのでしょうか。

ひとつ考えられることは、Kさんは、「他者の意図や感情の理解」が苦手だということです。人間は、言葉以外にも表情やしぐさ、行動などで、自分の意図や感情を表現します。ですので、会話というコミュニケーションは、話している言葉の内容からだけではなく、それらの表情などからも相手の意図を読み取って、はじめて成立するものです。

エピソードとして紹介されている「ご飯食べた?」と聞かれたときについては、まさにこの「他者の意図の理解」が必要な場面だといえます。なぜ相手がそのように聞いてきたのかを、状況から読み取って答えていくことが会話というコミュニケーションには必要です。

このように会話のキャッチボールが成り立たないと、社会的なコミュニケーションをとることが難しくなります

社会的なコミュニケーションとして求められるスキルは、年齢に応じても変化していきます。中学生段階で、例えば「目上の人に対して、敬語をうまく使えない」「小さい子ども相手なのに、早口で話す」「友だち同士のくだけた雰囲気なのに、敬語や堅苦しい言葉を使う」などといったことが多くみられる場合は、やはり社会的なコミュニケーションに困難があるといえるでしょう。そのような子どもは、周りから「空気が読めない」というような目で見られてしまうこともあるでしょう。

ASDと思春期

ASD(自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害)は、社会的コミュニケーションの障害、限定された反復的な行動様式が特徴とされています。Kさんの「一方的に話してしまう」「微妙なニュアンスが伝わりづらい」というエピソードは、この社会的コミュニケーションの困難さを表しているとみることができます。
周りから「空気が読めない」扱いを受けてしまいそうなことを、担任・担当の先生は心配していますが、このことはまさに、思春期のASDの子どもに対して、配慮しておかなければならないところです。周りからの対応によって、「自分はダメなんだ」という気持ちになってしまうと、さらなるコミュニケーションの不全や不登校といった形で、二次障害を引き起こす危険性もあります。

通級による指導や個別指導でできること(特別支援の視点)

ポイント

「一方的に話してしまう」「微妙なニュアンスが伝わりづらい」ことの要因として考えられる、「他者の意図や感情の理解」に焦点を当てて、個別指導の方法を考えていきます。

「他者の意図や感情の理解」が少しずつ改善されることによって、社会的なコミュニケーションがスムーズになるのではないかという仮説を立てて、Kさんへの指導を考えていきましょう。

カードゲームを通して他者の意図を考える

例えば、子どもたちがよく知っているカードゲームを使った指導が考えられます。実はカードゲームは、「他者の意図や感情の理解」を図るには最適な教材となる可能性があります。

もちろん、カードゲームは基本的には遊びやリラックスのために用いられるものですので、子どもに応じた学習の一環としてカードゲームを用いる際には、手順(指導の流れ)をきちんと考えていくことが必要です

以下は、カードゲームとしてトランプを使った場合の手順(指導の流れ)の例です。

例)トランプ(ババ抜き)の場合の手順(指導の流れ)

  1. 事前に「このような状況のとき、相手は何を考えているか?」を考える。

    (例)ババ抜きで、相手の手札が2枚のとき、「右側を取って!」と言われた。
    どうして相手は「右側を取って!」と言ったのかを考える。
    ・右側にジョーカーがある場合...相手は、自分が正直に従ってくれると考えたから。
    ・左側にジョーカーがある場合...相手は、自分が言ったことを疑うと考えたから。

  2. 実際に、教師とババ抜きを行って、①の場面をつくる。

    (例)教師の手札が2枚になったときに、「右側を取って!」と言う。

  3. 振り返りを行い、「他者の意図」について気付いたことを言語化する。

    (例)「そうか、相手は自分をだますことがあるんだ!なぜなら、相手は『勝ちたい』のだから。」

まず、カードゲームを始める前に、「このような状況のとき、相手は何を考えているか?」というような特定の状況を設定して、それについて子どもが考える時間を設けます。その活動を踏まえたうえで、実際にカードゲームを行います。そして、カードゲーム終了後は、振り返りを行い、気付いたことを言語化していきます。

この一連の流れがとても大切です。遊びでも使えるものを教材にするときは、学習のねらいと、そのねらいを効果的に達成するための手順(指導の流れ)を練っていきましょう。

各教科の授業でできること(合理的配慮の視点)

ポイント

Kさんのように「他者の意図や感情の理解」が苦手な子どもは、国語や道徳などの読み物教材の読解に困難が生じる場合があります

例えば、「このときの主人公の気持ちは?」のように自分の立場以外の視点で考えたり、他者の感情を理解したりすることが必要となる場面では、読解することが難しくなるでしょう。このようなところでつまずいてしまうと、その読み物教材でねらっている教科の目標を達成することができません。

したがって、教科の目標を達成するためには、「他者の意図や感情の理解」が苦手なKさんでも安心して授業に参加できるように、そのような読解の際の困難さに配慮した方法を考えていくことが必要です。

ポイントは、Kさんが理解しやすい方法を用い、Kさん自身が他者の意図や感情の理解について「このようにすれば理解できるようになるんだ!」という実感をもつことができるようにすることです。

読み物教材で他者の意図や感情を理解する方法

中学校学習指導要領解説 国語編では、このような子どもへの配慮の例として、次のようなことが取り上げられています。

    【中学校学習指導要領解説 国語編】

  • 生徒が身近に感じられる文章(例えば、同年代の主人公の物語など)を取り上げる
  • 行動の描写や会話文に含まれている気持ちがよく伝わってくる語句に気付かせる
  • 心情の移り変わりが分かる文章の中のキーワードを示す
  • 心情の変化を図や矢印などで視覚的に分かるように示してから言葉で表現させる

例えば、国語の物語文の授業では、文中の「目が落ち着かない」「赤面した」「涙を浮かべて」「目を輝かせて」など、主人公の心情に迫るキーワードに着目させ、それらのキーワードから主人公の心情の変化を読み取るように指導します。その際には、図や矢印などで視覚的に表現することが大切です

特別支援学校 学習指導要領「自立活動」との関連

2 心理的な安定
(3)障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服する意欲に関すること

3 人間関係の形成
(2)他者の意図や感情の理解に関すること

■監修・著
増田謙太郎(ますだ・けんたろう)
東京学芸大学教職大学院准教授