どんな子ども?(子どもの実態)

担任・担当の先生

Tさんは、それまでやっていた行動をスムーズにやめられなかったり、急いで何かをしなければならないときにスムーズに次の行動に移れなかったりすることが目立ちます



例えば、体育の時間に、どのように運動をするのかを説明した後、いざその運動の練習を始めようというときに、いつまでも座って砂いじりをしているということがあります。他の子どもはもう練習を始めているのに、スムーズにその流れに乗れません

また、避難訓練のときも似たようなことがありました。サイレンが鳴り、他の子どもたちは、教室から廊下に出て整列しているのに、Tさんは、教室の中でみんなの机を時間をかけて整頓しているということがありました。実は、Tさんはいつも教室から出るときにみんなの机を整頓してくれています。そのことをほめたこともあるのですが、避難訓練のような緊急時を想定した場面でも、いつもと同じように行動してしまいます。これは訓練のときの話ですが、本当の緊急時にも同じ行動をとってしまうのではと心配になります

他には、授業で文章を書くときに、うまく書けなかった字をいつまでも消しゴムで消していて、いっこうに作業が進まないといったことがあります。

Tさんのペースを大切にしたいと思ってはいるのですが、Tさんが行動の切り替えをうまく行うにはどのような指導が効果的なのでしょうか。

子どもの思い

それまでにやっていたことをやめることができないのは、次の行動に移ることが安心できないっていうか...。何が次に起こるかわからないって考えちゃって、こわいんだ。それよりは、今やっていることをしているほうが安心なんだ。

なぜ?(要因として考えられること)

「行動の切り替えが苦手」という問題を、切り替えのタイミングの前後に着目してみてみると、「それまでやっていた行動をスムーズにやめられない」ことと、「スムーズに次の行動に移れない」ことという、2つの問題があることがわかります。この2つの視点でTさんの行動を考えてみましょう。

まず、「それまでやっていた行動をスムーズにやめられない」ことについて、言い換えると特定の動作や行動に固執している状態であるといえます。なぜ、特定の動作や行動に固執するのでしょうか。自分にとって快適な刺激を得ているとも考えられますし、不安な気持ちを和らげるために、自分を落ち着かせようとしているとも考えられます。

次に、「スムーズに次の行動に移れない」ことについては、「次の行動の見通しがつかない」ことがその一因として考えられそうです。「次の行動の見通しがつかない」からこそ、いままでやっていた行動に固執してしまうともいえます。本人にとって、その方が安心感があるということもありますし、不安が解消されるからといった心理的な面が、さらにその行動を強化してしまうということもありそうです。Tさんのエピソードにあった「うまく書けなかった字をいつまでも消しゴムで消している」というのは、「うまく文章を書けるかどうかが不安で見通しがつかないため、その不安な気持ちを和らげるためにいつまでも消しゴムで消している」と見立てることができます。

このように考えていくと、Tさんのような「行動の切り替えが苦手」な子どもは、見通しをもつことが苦手だったり、不安を感じやすかったりすることが背景としてありそうです。したがって、指導や支援にあたっては、子どもの不安な気持ちに寄り添いつつ、特別支援によって行動を改善していくことと、合理的配慮によって安心して学校生活が送れるようにすることの二本立てで取り組むことが望まれます。

ASDとこだわり

ASD(自閉スペクトラム症/自閉症スペクトラム障害)は、社会的コミュニケーションの障害、限定された反復的な行動様式が特徴とされています。Tさんのエピソードは、この「限定された反復的な行動様式」としてみることができるでしょう。
「限定された反復的な行動様式」は、よく使う表現にすると「こだわり」と言い換えることができます。
「こだわり」は、子どもの行動上の問題を引き起こしてしまうことがあるためマイナスイメージにとらえがちですが、一面では優れた集中力を発揮したり、質の高い仕事につながったりするというプラス面もあります。
また、子どもの「こだわり」に、教師や保護者が「こだわり」すぎることもよくみられます。こうなってくると、なかなか問題解決に至らなくなります。

通級による指導や個別指導でできること(特別支援の視点)

ポイント

「行動の切り替えが苦手」で日常生活や学校生活に支障をきたしてしまう場合には、うまく行動できるようになるための指導が必要です。教師のスタンスとしては、望ましい行動を一方的に押し付けるのではなく、一緒に相談していくという方向性で考えてみましょう。

どのような行動が適切なのかを子どもと一緒に相談する

「それまでやっていた行動をスムーズにやめられない」「スムーズに次の行動に移れない」ことが起きた場面を想定して、その場面での望ましい行動や、代替行動について子どもと一緒に振り返ります

例えば、避難訓練の場面については、「なぜ、サイレンが鳴ったら机の下に隠れなければならないのか」、「なぜ、廊下に並ばなければならないのか」のような、一般的な質問をいくつかしたうえで、「なぜ、机の整頓をしたかったのか」ということに進んでいきます。

まどろっこしく感じるかもしれませんが、これはスモールステップの技法です。いきなり、ダイレクトにこの子どもの問題である「なぜ、机の整頓をしたかったのか」からスタートすると、子どもは答えにくくなります。それではまるで「反省会」のようになってしまいます。

この指導は「反省会」ではなく、「子どもの特性に応じた指導」ですので、少しずつ本題に迫っていくようにします。

ここで一点気を付けたいのは、「なぜ」という質問の仕方です。子どもによっては圧迫的な印象を受けてしまうこともありますので、注意が必要です。ただし、ASDの子どもの場合は、行動の理由や根拠を考える「なぜ」という言葉の方が考えやすくなることもありますので、子どもの特性に配慮した質問をしましょう。

行動計画書を子どもと一緒に作成する

このようなやりとりを踏まえたうえで、次回の避難訓練に向けた「行動計画書」を作成してみましょう。

すぐに問題となっている行動をゼロにするのは現実的ではない場合もありますので、ある程度の許容範囲を子どもと相談しながら行動計画書を作成していくとよいでしょう。この行動計画書では、具体的な時間や回数、範囲などを決めるようにします。

例)避難訓練の行動計画書の内容

  • サイレンが鳴ったらどうするか。 → 放送後1秒以内に机の下に隠れる。
  • 「廊下に並びなさい」と指示が出たらどうするか。 →  「自分の机だけ」を整頓してから廊下に出る。

このような行動計画書については、作成して終わりにするのではなく、行動計画書を基に実際にやってみてどうだったかを、振り返る活動でも活用してみましょう。

各教科の授業でできること(合理的配慮の視点)

ポイント

前述の「行動計画書」のような指導は、「行動の切り替えが苦手」という特性に対する行動の改善を目指していく指導ですので、すぐには効果が出ないものです。

しかし、学校生活では、日々いろいろな活動が行われています。そのような中で、Tさんの問題となっている行動がどうしても全体の動きの支障になってしまうこともあるでしょう。Tさんの行動の改善を悠長に待っていられない事情も十分に理解できます。

したがって、特別支援と並行して行っていくべきものが、合理的配慮の視点による対応です

Tさんの「行動の切り替えが苦手」という困りごとの要因の一つが、「次の行動の見通しがつかないこと」と考えるのであれば、次の行動の意図や見通しをわかりやすく伝えるように心がけましょう。

次の行動の意図や見通しをわかりやすく伝える

ASDの傾向のある子どもは、具体的な数字で示したり、「なぜ、その行動が必要なのか」という理由がわかったりすると納得できることがあります。そのような傾向の子どもがクラスにいる場合には、次の行動について説明や約束をする際に、以下のようなことに留意しながら、「わかりやすい」伝え方の工夫をしていくとよいでしょう。

次の行動についての説明や約束の留意点

  • 特定の動作や行動を行ってもよい時間帯や時間、回数をあらかじめ決める。
  • 「すぐに」「ちょっと」など、あいまいな表現は、具体的な数字に置き換える。

そのような説明や約束をする中で、例えば「Tさんは数字で伝えた方が理解でき、行動の改善につながる」ということがわかってくることがあります。これはTさんの今後の支援全体に関する重要なヒントとなるものです。説明や約束をした際の子どもの様子をしっかりと観察し、子どもの特性を見取れるように心がけましょう。

特別支援学校 学習指導要領「自立活動」との関連

2 心理的な安定
(2)状況の理解と変化への対応に関すること
(3)障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服する意欲に関すること

4 環境の把握
(2)感覚や認知の特性についての理解と対応に関すること

■監修・著
増田謙太郎(ますだ・けんたろう)
東京学芸大学教職大学院准教授