どんな子ども?(子どもの実態)

担任・担当の先生

本校では、年間に数回の定期考査を行っています。

定期考査のときには、生徒たちはもちろんテストに集中しています。鉛筆を走らせる音だけが響く、静かな教室となっています。

定期考査を1週間後に控えたある日、1年生のHさんの保護者から「定期考査について相談がある」と申し出がありました。Hさんは、ADHDの診断を受けている生徒です。

そこで、Hさん本人、保護者、担任の三者面談を行いました。その面談の中で、保護者から「テストを別室で受けさせてもらえないか」という要望がありました。理由について詳しく聞いたところ、ADHDの特性により「ほかの生徒の様子が気になってテストに集中することができない」とのことでした。そのとき、Hさんは、少し恥ずかしそうに下を向いて黙っていました。



これまで本校では、定期考査において別室でテストを行ったことはありません。そもそも本人や保護者からの要望もありませんでした。前例もないことなので、どのように対応したらよいのか困っています。

子どもの思い

テストのとき、集中しなきゃ、集中しなきゃと、思ってはいるんですけど、他の友だちの様子や鉛筆の音など、いろいろなことがどうしても気になってしまいます
一人だけの教室でテストを受けさせてくれれば、勉強した成果を発揮することができると思います。
高校の入試では、別室での受検ができると聞いたことがあるのですが...。

なぜ?(要因として考えられること)

定期考査や入試など、いわゆるテストの場面では、一定の時間、注意力や集中力を持続することが求められます。

しかし、ADHDの診断を受けている子どもの中には、注意力や集中力を持続することが困難な子どもがいます。テストの内容そのものより、そのテストに向かうための注意力や集中力を持続させることが難しいのです。Hさんのように、他の子どもと同じ教室だと、他の人の動きや、鉛筆を走らせる音などが気になってしまうと訴える子どももいます。

そもそも、テストは何のために行われているのでしょうか。

テストの本質は、子どもが授業で学んだ内容がどの程度定着しているか、どの程度考えられるようになっているのかを測定することです。しかし、Hさんのような「みんなと同じ教室では集中できない」という子どもは、同じ教室内でテストを行うというスタイルでは、そのテスト本来の目的を果たすことが難しくなってしまいます。つまり、テストを行って確かめるべき学力が、正確に測れないということです。Hさんの学力を正確に測る方策を考えなくてはなりません。

また、このケースでは、本人と保護者から「テストを別室で受けたい」という要望が出されている点に留意しなければなりません。HさんがADHDという診断を受けていることからも、このような要望に対しては、学校として適切に対応していくことが必要となります。「前例がないから」という門前払い的な対応は、差別的な対応とみなされるおそれもあります。このようなケースにどのように対応していくのかを、担任や学年の教師だけでなく、学校全体の課題として考えていくことは、その学校の特別支援教育を推進する契機となるでしょう。

さて、このケースでは、もう一つ大切なことがあります。

それは、このような特性があるHさん自身が「自分が困っていることを他者に伝える力」をつけていくということです。

小学生段階までは、周りがいかに気付いて支援してあげられるかが重要でした。中学生段階でも、まだ保護者もサポートしてくれます。しかし、Hさんにとってこれからの進路を見据えた上で大切なことは、徐々に自分自身で「こうしてほしい」ということを周囲に訴えて、支援を得ることができるようなスキルを身につけていくことです。

セルフアドボカシーとキャリア教育

セルフアドボカシーとは、「自分一人でできることと、周りの支援を得てできることがわかる力」「何をどのようにしてほしいのかを他者に求められる力」のことです。
中学生のHさんには、これからセルフアドボカシーのスキルを身につけていくことが望まれます。
これは、キャリア教育とも関連します。キャリア教育で育成すべきである「基礎的・汎用的能力」の中の「自己理解・自己管理能力」は、障害のある子どもにとっては、セルフアドボカシーと関連させながら身につけていくことが望まれます。

(参考:中学校キャリア教育の手引き 2011年(文部科学省)

通級による指導や個別指導でできること(特別支援の視点)

ポイント

自分自身で「こうしてほしい」ということを周りの人たちに訴えて、支援を得ることができるようなスキルを身につけていくためには、「どのようにしたら支援してほしいことが他者に伝わるか」ということを学んでいく必要があります。

どのようにしたら支援してほしいことが他者に伝わるかを具体的に考える

必要なことをお願いするスキルについて、以下の3つのポイントで子どもと一緒に考えていきましょう。

必要なことをお願いするスキルを身につけよう

  • どのような言葉で伝えるか
  • どのタイミングで伝えるか
  • どのくらいの強さで伝えるか

まず、「どのような言葉で伝えるか」ということは、伝えたい内容がちゃんと伝わるような言葉を選んでいるか、教師に対して適切な敬語を使っているかといったようなことです。このことは、ロールプレイなどで練習していくことが可能です。

次に、「どのタイミングで伝えるか」ということは、適切なタイミングで相手に伝えられるかということです。例えば、相手が忙しそうにしているときと、時間がありそうなときでは、どちらが頼みやすいかということを考える必要があります。また、場合によっては、「先生、相談があるので、お時間をとっていただけますか」と、アポイントメントをとることが必要かもしれません。これは計画性に関するスキルです。これらのことについて考えるときには、どのような計画でお願いすればよいかということを、模擬的な作戦会議のような形で考えるようにすると、イメージがつかみやすくなります。

最後に、「どのくらいの強さで伝えるか」ということは、どのくらい本気でそう思っているのか、要望の強さを伝えることです。これには表情であったり、声の強さであったり、非言語的なスキルが必要となります。このことを考えるときには、子どもの表情や話し方を動画で撮影するなどして、子ども自身が客観的に自分を見られるようにしていくとよいでしょう。

今回相談のあったHさんは、保護者とともに要望を伝えています。Hさんはまだ中学生ですので、このようなテストに関する支援の要望を伝えるときには、保護者とともに行うということが現実的でしょう。しかし、すべて保護者が伝えるのではなく、Hさんが自分一人でも伝えられることは伝えられるようにしていく必要があります

各教科の授業でできること(合理的配慮の視点)

ポイント

先で述べたテスト本来の目的を考えると、みんなと同じ条件で行うことに学校側が固執する必要はありません。「テストを受ける環境について合理的な配慮をする」という方針で、個別対応の具体策を検討することが望まれます。

別室でのテストの実施

Hさんのように、注意力や集中力に困難がある場合は、別室でのテストの実施を検討していくことが現実的な対応として考えられます。

ちなみに、高校入試などでも、別室での受検が認められることがありますが、その際には、中学校で「別室でのテストの実施という配慮」を受けていたかどうかがその可否の判断基準の一つになることがあります。その生徒の進路と併せて検討していくことも大切です

下記は、別室でテストを行う際に検討すべき事項です。

別室でのテストの実施に向けた検討事項

  • テストを受けるのにふさわしい教室を用意できるか
  • 別室を担当する監督者を決められるか
  • 学校として過度な負担がかかるかどうか

この「学校として過度な負担がかかるかどうか」は、学校ごとの状況によって異なるでしょう。例えば「物理的に教室が用意できない」「人員的に担当する監督者を当てることができない」という状況があり、別途ハード面での財政的な負担がかかるような場合は、別室でのテストの実施のような合理的配慮を講じることができないこともあります。その場合は、また別途、現実的に可能な対応を考えることになります。

注意力を補う合理的配慮

「注意力に困難がある子ども」の実態は多様ですので、必ずしも「別室でのテストの実施」のみがふさわしい対応とは限りません。子どもの実態に応じた対応を考える必要があります。

学校でのテストでは、例えば問題が10問ある場合、1枚の解答用紙に10問分の解答欄を設けるのが一般的だと思います。しかし、注意力に困難がある場合、解答欄を間違えてしまったり、どこに書いたらよいかわからなくなってしまったりすることがあります。

例えば、そのような子どもに対して、次のような実践をしている学校があります。このような方法だと、解答欄に書き込む際の子どもの注意力に配慮することができます。

例)解答用紙を工夫する方法(わんこそば方式)

1問ごとに解答用紙を小分けにして、1問できたら、次の問題の解答用紙を渡す。

特別支援学校 学習指導要領「自立活動」との関連

1 健康の保持
(4)障害の特性の理解と生活環境の調整に関すること

2 心理的な安定
(1)情緒の安定に関すること
(3)障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服する意欲に関すること

4 環境の把握
(2)感覚や認知の特性についての理解と対応に関すること

6 コミュニケーション
(5)状況に応じたコミュニケーションに関すること

参考

  • 片岡美華・小島道生(編著) 事例で学ぶ 発達障害者のセルフアドボカシー 「合理的配慮」の時代をたくましく生きるための理論と実践 金子書房 2017年

■監修・著
増田謙太郎(ますだ・けんたろう)
東京学芸大学教職大学院准教授