どんな子ども?(子どもの実態)

担任・担当の先生

Nさんは、板書をノートに書く場面で気になる様子がみられます。

ほとんどの子どもが板書をノートに書き終わっているのに、Nさんはまだ書き終わっていないということがよくあります

そのときのNさんの様子を見てみると、決してぼんやりしているとか、怠けているとか、そういったわけではなく、一生懸命ノートに書こうとしています。ただ、板書を見ている時間やノートと板書を見比べる時間が、比較的長いかなとは感じています。

もしかしたら板書が見にくいのかもしれないと思い、座席を教室の一番前にしたこともあるのですが、あまり状況は変わりませんでした。

文字を書くこと自体は問題なくできているので、どうしてそのようになってしまうのかわからず、困っています。

板書の書き写しの場面の他では、教科書を読んでいるときに今どこを読んでいるかわからなくなってしまうことがあったり、楽譜を見ながら合唱しているときにどこを歌えばよいのかわからなくなったりします。

Nさんは、文字や文章が読めないわけではないのですが、どのような指導をすれば改善するでしょうか。

子どもの思い

黒板を見たときに、次にどこを書いたらいいのか見つけるのにすごく時間がかかるんです。
教科書や楽譜を読むときも、どこを見ればよいのかわからなくなってしまって...。

なぜ?(要因として考えられること)

Nさんの場合、「注意力」に課題があると考えられます。

私たちが何かを見たり、何かを聞いたりするといったことには、「注意力」が必要です。例えば、何かを見るときは目の前にある様々なものの中から、自分が見たいものを取り出すことが必要になります。板書してあることをノートに書き写すという行為を具体的に考えてみると、「黒板に書いてあるたくさんの文字情報の中から、次に書くべき箇所を見つける」という「注意力」が必要になります。「注意力」に課題がある子どもは、ここで時間がかかってしまったり、負担がかかったりしてしまいます。

Nさんの場合は、「何かを見る」ときの「注意力」に課題がみられています。

ただし、このような「注意力」は一朝一夕に改善していくものではありません。したがって、継続的にトレーニングをして改善を図っていくことが必要です。一方で、学校での授業は、本人の改善の進度に関わらず進んでいきますので、今、授業の場面で困っているのであれば、継続的なトレーニングと同時に合理的配慮を行っていくことも必要です。

ちなみに、「注意力」は「何かを見る」ときだけに必要な力ではありません。「何かを聞く」ときは、雑音を含めて、いろいろな音の中から、自分が聞きたい音を取り出して聞く、つまり、音を注意して聞くことにも「注意力」は必要です。聞く注意力が弱い子どもにも、その特性に合った指導を心がけましょう。

ADHDと不注意

文部科学省のホームページでは、ADHD(注意欠陥多動性障害)について「おおよそ、身の回りの特定のものに意識を集中させる脳の働きである注意力に様々な問題があり、又は衝動的で落ち着きのない行動により、生活上、様々な困難に直結している状態」と説明されています。
この「注意力に様々な問題があり、生活上、様々な困難に直結している状態」を「不注意」と表現することが多いです。
「不注意」の傾向のある子どもは、集中して何かを続けることが難しかったり、何かを見落としたりすることが多いです。
結果として、例えばテストなどで実力を発揮できなかったり、忘れ物や遅刻などのミスを繰り返したりすることになります。
ADHDの特性の一つである「不注意」だとしても、他者に「なんでいつも同じことを繰り返しているの!?」と誤解されてしまい、トラブルに発展することもありえます。そのようなトラブルは、不登校や無気力などの二次障害を起こしてしまうことにもつながります。ですので、そのような二次障害を起こさないように配慮していくことも大切です。

(参考:注意欠陥多動性障害(文部科学省)

通級による指導や個別指導でできること(特別支援の視点)

ポイント

Nさんの場合は、いろいろなものの中から自分に必要なものを見つけるための力をつけていくことが必要です。特に視覚的な注意力を高めることが重要です。まずは、この点にピンポイントに焦点化したトレーニングを継続的に行っていくとよいでしょう。

視覚的な注意力を高める方法

トレーニングの内容としては、目標となるものを設定し、それを見つけるというものを考えていきます。ただし、ただ見つけるだけでは、子どものモチベーションも上がりません。これは本人にとっては苦手さを克服するためのトレーニングですから、可能な限り楽しく活動できるような工夫が必要です。

例えば、次のような「ボタン早押しトレーニング」のような方法は、いろいろなバリエーションで実施できるので、子どももゲーム感覚で取り組めるでしょう。このようなトレーニングを定期的に継続して行うことで、楽しみながら視覚的な注意力を高めることができます。

例)ボタン早押しトレーニングの方法

1~20までの数字マグネットを黒板やホワイトボードなどに貼り、その数字を順番に素早くタッチします。

慣れてきたら、次のような変化をつけて継続的に取り組んでいきます。

  • 制限時間を設ける。何秒でできたか、あるいは決められた時間で何個タッチできたかなどゲーム性をもたせる。
  • 押す順番は、昇順だけでなく、降順や「3の倍数のみ」などの条件をつける。
  • 数字マグネットを貼る範囲を広げる、または狭める。

各教科の授業でできること(合理的配慮の視点)

ポイント

授業では、Nさんのような、視覚的な注意力に課題のある子どものために、板書やワークシートなどを「見やすく」「注目しやすく」配慮していくようにします。

例えば、板書を行う際に「書くべきところを色チョークで囲う」「余計な情報を消す」というようなことは、簡単に行うことができるでしょう。

教材を見やすくする工夫

Nさんは、「音楽の楽譜も苦手」と言っていますので、ここでは楽譜を見やすくする工夫を紹介します。視覚的な注意力に課題のある子どもの場合、「楽譜のどこを歌ったらよいかがわからない」ということになりやすいです。

小学校学習指導要領解説 音楽編には、下記のような具体例が示されています。

【小学校学習指導要領解説 音楽編】

多くの声部が並列している楽譜など、情報量が多く、児童がどこに注目したらよいのか混乱しやすい場合は、声部を色分けするとよい。

例えば、下記のイラストのように、パートごとにラインを色分けしておけば、「私は赤のところを歌えばいいんだ」とわかりやすくなります

特別支援学校 学習指導要領「自立活動」との関連

2 心理的な安定
(3)障害による学習上又は生活上の困難を改善・克服する意欲に関すること

4 環境の把握
(2)感覚や認知の特性についての理解と対応に関すること

5 身体の動き
(3)日常生活に必要な基本動作に関すること

参考

  • 喜多好一(編著) 通級指導教室 発達障害のある子への「自立活動」指導アイデア110 明治図書  2019年
  • 宮尾益知(監修) "うつ""ひきこもり"の遠因になる発達障害の"二次障害"を理解する本 河出書房新社 2020年

■監修・著
増田謙太郎(ますだ・けんたろう)
東京学芸大学教職大学院准教授