どんな子ども?(子どもの実態)
- 担任・担当の先生
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担任をしている学年では、運動会で発表する表現運動として、ダンスに取り組んでいます。
このダンスは、それほど複雑な動きはないので、多くの子どもたちは問題なくできているのですが、Jさんは、うまく踊ることができなくて、困っている様子がみられます。お手本を真似しようとしても、なかなか同じように踊ることができません。音楽の授業のときのリコーダーの演奏でも、できなくて困っている様子がみられます。どうやら指がうまく動かなかったり、リコーダーの孔をしっかりと押さえることが難しかったりするようで、合奏のときに、孔をしっかりと押さえられていないためか、Jさんのリコーダーから「ピーッ!」と甲高い音が出たこともありました。そのときは、周りの子どもたちもびっくりしてしまい、クスクス笑っている子どももいたため、本人は顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしていました。
そのようなことが積み重なってしまい、Jさんは、だんだんとダンスの練習やリコーダーの演奏をためらいがちになっています。
- 子どもの思い
ダンスのときは、先生のお手本をよく見てはいるんだけど、手や足を一緒に動かしたり、違う動きをしたりするのが難しくて、よくわからなくなってしまいます。
リコーダーも難しいです。合奏で変な音を出すと、みんなから笑われたりするので、合奏には参加したくありません。
なぜ?(要因として考えられること)
Jさんは、身体をうまく「協調」させて運動をしたり、動作したりすることが難しい子どものようです。
このとき、この「協調」という言葉がキーワードになります。「協調」でイメージがわかない場合には、「コーディネーション」といったほうがイメージしやすいかもしれません。
例えば、子どもたちに「周りをよく見て歩きなさい」と指導することがありますが、「周りをよく見て歩く」ためには、「周りをよく見る」(目で行うこと)と「歩く」(足で行うこと)を協調(コーディネーション)することが求められるのです。
Jさんが、運動会のダンスの練習で、前にいる先生のお手本を見ても、なかなか同じように踊ることができないというのは、目で見た情報を、手足とうまく協調させることが難しいからだと考えられます。
また、リコーダーの演奏で、指がうまく動かないのは、目と指、耳と指、あるいは指同士の協調が難しいからかもしれません。
子どもたちは、学校や日常生活の中で、様々な身体の部位を協調させて活動することが求められます。右手と左手を協調させたり、手と足を協調させたり、指と指を協調させたりと、協調の組み合わせは多様です。そして、その多様な協調を行うように命令を出しているのは、脳なのです。
このような協調する動きが苦手な子どもへの指導や支援のポイントは、できないままにしておくのではなく、今の状態から少しでも改善したり、克服したりすることで子ども本人が自信をもてるようにすることです。
なぜかというと、例えば、運動の技能が習得できない子どもは、だんだんと運動すること自体が嫌いになりやすいからです。そして、運動をしないために、だんだんと肥満傾向になったり、さらに動けなくなったりすることが考えられます。これらは、二次障害とよばれ、日常生活の困難にもつながってしまうことがあります。Jさんが「合奏に参加したくない」という思いをもっているのは、この二次障害の始まりであるという危険性もあります。
Jさんのような子どもに対する指導の方向性としては、2つあります。一つは、協調する動きの改善に向けた取り組みです。これは、個別のプログラムが必要でしょう。
そして、もう一つはグッズやアイテムをうまく使って、本人のできないことを少しでも助け、「できる」経験を増やしていくことです。これは学校での活動の際に必要な合理的配慮の視点です。
- 発達性協調運動障害
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発達性協調運動障害とは、「協調運動技能の獲得や遂行が明らかに劣っている」「日常生活に支障をきたしている」「発達段階早期より症状が始まっている」「知的障害などはない」という特徴によって位置付けられます。
この2番目の特徴にある「日常生活に支障をきたしている」とは、どの程度のことを指すのでしょうか。
例えば、「ペットボトルのキャップが開けられない」という子どもは、「日常生活に支障をきたしている」といえそうです。ただ、Jさんのようにリコーダーやダンスがうまくできないくらいでは、「日常生活に支障をきたしている」とまではいえないと考える方もいるかもしれません。
しかし、Jさんがもし「それができないから学校に行きたくない」というようになってしまうと、これは「日常生活に支障をきたしている」といえます。いわゆる二次障害です。
したがって、Jさんのような子どもにとって、大切なのは「日常生活に支障をきたす」ことがないようにしていくことになるでしょう。それには、適切な指導や支援が必要です。
通級による指導や個別指導でできること(特別支援の視点)
ポイント
ここでは特別支援の視点に立って、協調する動きの改善に向けた取り組みについて考えていきましょう。協調する動きに課題のある子どもの指導を考えるときに、知っておきたいキーワードは「粗大運動」と「微細運動」です。
「粗大運動」とは、姿勢を保つ、バランスをとる、歩く、走る、ジャンプするというような、全身を使った運動のことです。
「微細運動」とは、字を書く、箸を使う、針を使って糸を通す、リコーダーを演奏するというような、手や指を使った運動のことです。
この2つの運動の力を高めるために、どのようなアプローチがあるのかを考えていきましょう。
粗大運動へのアプローチ
粗大運動は、体幹運動やいろいろな運動を組み合わせて、トレーニングをしていくとよいです。一朝一夕に改善することはないので、短時間でも継続的に取り組んでいくことが必要です。
下記は、粗大運動の力を高めるための運動プログラムの例です。
粗大運動の力を高めるための運動プログラムの例
- バランスボールを使った運動
バランスボールの上に、座る、腹ばいになる、床に手をついて足をバランスボールに乗せるなどの運動です。 - サーキットトレーニング
いくつかの運動ができるコーナーを作り、そこを回っていく運動です。例えば、跳び箱、平均台、ハードルなどを設けていきます。
上記のようなバランスボールや跳び箱などの器具を使った運動は、なかなか家庭で行うことは難しいものです。学校は、家庭に比べて広いスペースがあります。学校だからこそできる運動を行っていくとよいでしょう。
微細運動へのアプローチ
微細運動は、手指を使った運動です。微細運動の力を高めるプログラムでは、型はめやビーズ通しのようなものがよく紹介されていますが、無意味な作業ではなく、作業に目的をもたせることがポイントです。作業に目的があることが、本人のやる気にもつながります。作業の目的に応じて「意図的に協調して身体を動かすこと」を指導するようにしましょう。
なるべく、子どもが興味や関心をもっていることを生かしながら、道具などを使って手指を動かす体験を積み重ねるとよいでしょう。
下記は、微細運動の力を高めるための取り組み事例です。
微細運動の力を高めるための取り組み事例
- スウェーデン刺繍
やや大きめの運針用の針を使って、マス目状に縫い込んである布地をすくいながら、模様をつくっていく刺繍です。特別支援学級などではよく使われている教材です。子どもが興味・関心をもてるように、好きなキャラクターを刺繍していくということも考えられます。
「粗大運動」「微細運動」の力を高めるための運動プログラムや取り組みは、すぐに効果が出ることはありませんが、継続することで少しずつ効果が出てきます。このように少しずつでも効果が出てくることは、子ども自身の自己肯定感の向上にもつながります。
各教科の授業でできること(合理的配慮の視点)
ポイント
各教科の授業では、「自分はできない」という思いを、なるべく最小限にしていく配慮を考えることがポイントになります。そのようにすることで、「自分はできない」という経験が積み重なることによって発生するかもしれない二次障害を未然に防止することにつながります。
今は、いろいろなグッズやアイテムが開発され、市販されていますので、これらを活用して少しでも「できる」経験を増やしていくことが必要です。
ICTを活用する方法
ICTはまさにこれから活用していくことが求められる手段です。GIGAスクール構想により、1人1台のタブレットパソコンが実現している学校では、自分のパソコンを自宅に持ち帰ることも可能となりました。
例えば、ダンスの授業ではパソコンで教師や友だちのダンスを録画しておくこともできるでしょう。また、ダンスの一連の動きを、パソコンを使って動きを細分化して確認してから練習すれば、できるようになることも増えると思います。
パソコンの動画でダンスを覚えよう
- わからないところを何度も繰り返して見ることができる。
- スローで再生することもできる。
- 家に持ち帰って、練習することができる。
市販のアイテムを活用する方法
リコーダーの指導については、「子どもの動きを改善する」よりも「子どもにとって使いやすいリコーダーにする」という発想が必要です。なぜなら、リコーダーをうまく演奏することが、そもそも音楽の授業のねらいではないからです。器楽の活動は、楽器で曲の表現を工夫し、思いや意図をもって演奏するものであって、そのためにリコーダーを演奏しやすいものに代えることは何の問題もありません。
つまり、協調する動きが苦手な子どもにとって、その学習活動で何を大切にするのかを考えていけば、何もみんなと同じ用具にこだわる必要はないのです。
これは、左利きの子どもに「左利き用のはさみ」を用意することと、発想としては全く同じことです。
リコーダーをカスタマイズしよう
- 市販の補助用シールを孔のところに貼ると、押さえやすくなります。
- 音孔移動型リコーダーも販売されています。このリコーダーは指欠損の子どものために開発されたものですが、孔の位置を左右にずらすことで、押さえやすい位置に孔を配置できるので、子どもによっては有効です。
アイディア・パーク リコーダー用演奏補助シール「ふえピタ®」
トヤマ楽器製造株式会社「アウロス 改造リコーダー ソプラノ 204AF」
特別支援学校 学習指導要領「自立活動」との関連
5 身体の動き
(5)作業に必要な動作と円滑な遂行に関すること
参考
- 辻井正次・宮原資英(監修)、澤江幸則・増田貴人・七木田敦(編著) 発達性協調運動障害〔DCD〕 不器用さのある子どもの理解と支援 金子書房 2019年
■監修・著
増田謙太郎(ますだ・けんたろう)
東京学芸大学教職大学院准教授